産経新聞 1月6日(月)12時0分配信
これがブラック企業の“歪んだ論理”…理不尽な現状に手当てはないのか
ブラック企業対策プロジェクトが作製した大学生向けの冊子。鬱病による求職も認められず、解雇されてしまったなどという若者たちの叫びはやむことはない(写真省略)
「バカ!日本語分からないのか?」
「根本的に性格が悪い」
罵声を浴びながら働き、やがて心を病む。鬱(うつ)病となり休職しようとすると、即日解雇を言い渡される。違法な長時間労働などで若者を使いつぶす「ブラック企業」。ブラック企業とは、主にIT業界の劣悪な労働環境を指す言葉として使われていたが、今や外食、介護、保育などさまざまな業界にはびこるようになった。過剰労働で心身を病んだ若者は、不安定なアルバイトや、生活保護費の受給に頼らざるを得なくなるという「負のサイクル」も回りはじめている。そして最悪、過労死や自殺に追い込まれたケースもある。若者を取り巻く雇用環境の改善は急務だ。官民も連携して一刻も早い「ブラック企業包囲網」を敷く必要がある。
■パワハラで鬱病、即解雇…
ブラック企業で働き、苦悩する若者の「悲痛な声」は後を絶たない。特に、介護施設などでは少子高齢化による人手不足から若者を大量に採用し、過重な労働を課す傾向にあるようで、労働組合やNPO法人には深刻な相談が寄せられている。
「バカ!日本語分からないのか? お前、頭おかしいぞ」
東京都内の介護施設で働く20代後半の男性は、所長から毎日のように怒鳴り散らされるパワハラに遭い、鬱病となった。長時間労働や残業代未払いなども当たり前。月に100時間近く残業していたが、これまで1度も残業代が払われたことはない。
「能力が低い」
「根本的に性格が悪い」
利用者や同僚の前で人格否定の言葉を浴びせられるのも日常茶飯事だ。心療内科で処方された薬を飲みながら勤務を続けたが、心身ともに限界に。昨年9月、病気を理由に休職を申し出た。返ってきた言葉はこうだった。
「病気になったのはお前が悪い。会社のせいではない。迷惑だ」
そして、即日解雇を言い渡された。男性は労働相談を手がけるNPO法人に相談。現在は施設に対し、過重労働で体調を崩したことへの労災補償を求めている。
■「福祉は尽くしてナンボ」
関東地方の障害者施設で働く20代の男性も「もう辞めたい…」と劣悪な労働環境に苦悩する。15人ほどいる従業員のうち、年に3、4人が辞めていき、慢性的な人手不足が続く。
時間外労働は月120〜150時間に及ぶが、残業代は出ず、毎月手取り約18万円が支払われるだけだ。残業代について施設長に聞いたことがあった。施設長はこう言い放ち一蹴した。
「何言ってんだ。福祉は利用者に尽くしてナンボの仕事だろう」
1日5本ほど栄養ドリンクを飲み仕事をする。夜勤明けで車を運転していると、睡魔に襲われ対向車線に出てしまったこともある。
「とにかく残業代を支払ってほしい。いつも眠く、体調も悪い」
男性は職場環境を改善しようと労働組合に相談している。
■被害は社会全体に波及
連合のシンクタンク、連合総研が昨年10月に民間企業で働く2千人を対象に実施したアンケートによると、20代の23・5%、30代の20・8%が、自身の勤務先がブラック企業に当たると考えていると回答。多くの職場で違法な働かせ方がはびこり、不信感を抱く若者の実態が浮き彫りとなった。
若者の労働相談を行うNPO法人「POSSE」(東京都)の担当者は「ブラック企業に関する相談は、昨年は500〜1千件だったのが、今年は1500〜2千件ぐらい。それだけ過重労働で悩み、心身を壊している若者が増えたということ。以前は、相談もせずにひたすら自分を責める若者もいた」と話す。
ブラック企業で心身を壊し、働けなくなった若者が生活保護費の受給に至ってしまうという負のサイクルもできあがっている。
担当者は「ひどいパワハラや過重労働で鬱病になっても、企業側が自己都合退職を迫り、労災補償も受けられず、生活保護に頼らざるを得ない若者が出ている」と指摘。「ブラック企業の蔓延(まんえん)は、当事者である若者本人の人生が破綻するだけでなく、労働力の低下や社会保障費の増大にもつながる。被害は社会全体に及ぶ」と警鐘を鳴らしている。
■待ったなしの対策
厚生労働省は昨年から、全国一斉で無料の電話相談を受け付けたり、インターネット上の専門サイトや、セミナーを通してパワハラの予防を呼びかけたりといったブラック企業への対策を加速させている。
各地の労働基準監督署では昨年9月以降、従業員などからの苦情や通報を端緒に、離職率が極端に高く、ブラック企業と疑われる約5千社を対象に集中的に指導監督を実施。来年度には無料の電話相談を民間に委託する形で、夜間や休日にも拡充する方針だ。
さらに、東京、名古屋、大阪にある「わかものハローワーク」では来年度、離職しようか悩む若者の相談に職員が応じる専門窓口を常設する予定。「在職してても相談できる場所を作ることで、若者を使い捨てにするような会社への対応はもちろん、若者がささいなことで安易に会社を辞めるのを防ぐことができる」と厚労省の担当者は期待する。
一方、民間では昨秋、労働問題に詳しい専門家らが連携して「ブラック企業対策プロジェクト」(東京都)を発足させた。ブラック企業に関する情報発信や若者へのサポートを行うのが目的で、ブラック企業の相談を受けてきた労働組合やNPO団体、弁護士らがメンバーに加わっている。
ブラック企業に対する過剰な不安や警戒感を募らせる若者たちが増えているため、就職活動での不安を少しでも解消してもらおうと、「ブラック企業の見分け方」と題した冊子を作製。企業のイメージに惑わされず、離職率など客観的なデータを読み解く必要性や雇用契約の際に気をつける点についてアドバイスしている。
担当者は「ブラック企業かどうかを100%見抜くのは難しい。ただ、漠然とした不安を抱えている若者にとって、(冊子が)少しでも手がかりとなればいいし、在職中に自身の身を守るためにも役立つ労働の知識を提供したい」としている。