キャリアダウン、働くママだけ? 均等法と分断の85年

朝日新聞 2014年8月2日

写真・図版 三井住友銀行の通達(省略)

昨年秋、三井住友銀行の東京都内の支店に勤める30代の女性は、社内サイトでこんな募集を見つけた。

 「総合職(リテールコース) ワーキングマザー向け職種転換」

 6歳以下の子どもを育てる社員を対象に、中小企業への融資などを担当する「リテール総合職」から、支店内での業務を担う「ビジネスキャリア職」(旧一般職)へコース転換するという。総合職に戻る意思があることが条件だ。

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 リテール総合職は約3千人。男女はほぼ半々。なのにワーキングマザー向け? 子育ては女性の仕事、という「隠れた意識」を感じた。

 総合職へキャリアアップする制度は以前からあった。出産した女性には逆の道も用意されているのか。子どもは欲しい。夫と協力しながら総合職で働き続けたい。でも――。

 「この制度で会社を辞めずに済む女性もいると思う。でも私にはプレッシャーでしかない。長時間働けないやつは総合職でいるなと言われてるみたいで」

 制度は今年で3年目。人事担当者は「子育て中は内勤で働きたいという総合職女性の声をもとに作った」。これまで13人が利用。今春は10人弱が応募した。転換後、人によっては給与が大きく減ることもありうるという。

 同行では今年4月に女性初の執行役員が誕生し、「女性管理職の比率を2020年度末までに20%に」との目標を掲げる。

 未就学の子どもがいる女性社員は約800人。この1年で約200人増えた。「本来は子育て中も同じ仕事を続けられる方がいい」と人事担当者も言う。

 ではなぜ、ワーキングマザー向けなのか。担当者は「実際に育児を担っているのは女性が多い。だが総合職は顧客の都合に合わせて夜も働く必要がある。両立は難しい」という。

 佐藤博樹・東大教授は「総合職の長時間労働を放置し、それができない人向けに別の雇用区分を設けるだけでは、企業の人事マネジメントは失格。産んだら総合職にいづらくなるなら、出産を控える人も出てくる」と話す。(高橋末菜、岡林佐和)

 明治安田生命保険は今年4月、未就学の子どもを育てる「総合職」社員が、転勤のない「特定総合職」に転換できる制度を設けた。総合職への復帰が前提で、転勤がない分、給与は下がるという。

 人事担当者は「仕事を続けてもらうための選択肢として用意している」。育休中の女性を中心に制度を知らせたが、まだ利用者はほとんどいない。

 ある総合職女性は「総合と特定総合では責任も職務も違う。転換したらキャリアダウンは確実。使おうとは思わない」と話す。夫も転勤のある仕事で、自分だけこの制度を使っても解決しない。「転勤だけをなくせば両立できるわけじゃない。制度ができることで、長時間労働をなくすなど、働きやすくするためのほかの取り組みが進まなくなりそう」

 住友生命保険も昨秋、同様の制度を始めたが、利用者はまだいない。

 こうした転換制度が広がっているのはなぜなのか。

 男女雇用機会均等法ができて以降、特に2000年ごろから総合職に女性が増加。出産も増えている。

 人事コンサルタントの前原はづきさんは「共働きで、長時間労働や転勤ができない人が増えた。個別の相談に応じていては組織が回らなくなった」という。

 「こうした制度を多くの男性が使うならともかく、女性ばかりが利用することになれば、新たな格差構造がうまれてしまう」

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 均等法が成立した1985年。労働者派遣法と年金の第3号被保険者の制度もできた。女性たちは生きやすくなったのだろうか。

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 〈男女雇用機会均等法〉 1985年に成立し、翌86年施行。企業に対して採用や昇進、職種の変更などで男女で異なる取り扱いを禁じている。妊娠や出産を理由に退職を強要したり、不当な配置換えをしたりすることも禁止している。

 今年7月の施行規則改正で、採用、昇進などで転勤を条件にすることは、実質的に女性が不利になる間接差別にあたるとして禁止。またセクハラについて、性別による役割分担意識に基づく言動をなくすことが防止につながると明記した。

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■一見親切だが間接的な女性差別

 《働く女性の全国センター副代表の伊藤みどりさんの話》 一見親切な制度だが、育児は女性が担うものという考え方の固定化につながる。男女雇用機会均等法でも、昇進や配置転換、職種の変更などで、男女で異なる取り扱いを禁じている。長時間労働や転勤ができない人を職種転換させることは、間接的な女性差別だ。

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■社長就任、男性に同化してきた

 三井住友銀行で4月、生え抜き女性初の執行役員となった工藤禎子(ていこ)さん(50)。男女雇用機会均等法の制定後、旧住友銀行が1987年に採用した女性総合職1期生だ。

 横浜のフェリス女学院で中学高校時代を過ごし、慶大へ進んだ。「気が強くて好奇心があり、自分でいろんなものを見てみたかった」と総合職で入社したが、入社当初は一般職の制服を着てお茶くみもした。

 海外の大型事業などにかかわる「プロジェクトファイナンス」(事業融資)で専門性を高めたことが認められた。

 「私は独り身だけど、同級生たちの子どもが働き始める年ごろ。女性が働きやすい環境を作ってほしい、という期待を感じている」

 同月、邦銀初の女性トップとなった野村信託銀行社長の真保(しんぽ)(旧姓・鳥海)智絵さん(48)はフェリスで工藤さんの一つ後輩だ。

 早大卒業後、野村証券に入社。同社の女性総合職2期生だ。300人以上の同期で女性は7人。男性ばかりの世界に飛び込むことにちゅうちょはなかった。「女子校育ちだから、男性に頼るということを知らなかった」

 トレーディング業務を担当し、入社6年目に社内留学制度で米国の大学院へ。そこで夫と知り合った。

 でも仕事では葛藤の連続だった。初めて課長を務めたとき、部下2人が会社を辞めた。管理職に向いていないと悩んだ。「こういうことを期待していると、ハッキリとしたコミュニケーションが必要だったが、そのときは得意じゃなかった」

 仕事を正当に評価してもらいたいと思うものの、ポストを誰かと争うことにはためらいを感じながら、ここまできた。

 5年前、「なぜ女は昇進を拒むのか」という心理学者の本に出会い、「女性は男性ほど、高いリスクのある競争を好まない」という分析にようやく肩の力が抜けた。(続き要略)

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