朝日新聞デジタル 2014年8月12日
写真・図版:学生の相談に乗る金沢星稜大進路支援センターの職員=金沢市御所町(省略)
どうすれば就職できるのか。就活生が一番知りたいことを知っているのは企業の社員。それなら、企業経験者に進路指導を頼めばいい。就職率を上げたい大学が、そんな発想で生み出した就職支援が広がりつつある。
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金沢星稜大(金沢市)は、学内の就職サイト「ほしなび」を2010年に開設した。熱心に地元採用をしているか、大学から採用実績はあるか、入社した卒業生の評価は良いかなど企業を総合的に判断し、就職おすすめ度として無星から最高評価の三つ星までの4段階で示す。
判定するのは進路支援センターの職員で、7人中6人が就職情報を扱う人材派遣会社の元社員たち。石川、富山、福井の企業の採用担当者を仕事相手にしていた。会社説明会だけではわからない「企業のディープ情報」も知っているという。
同大経済学部4年の清水香耀子(かよこ)さん(21)は結婚後も働くつもり。志望した大手金融機関や有名物流会社について相談すると、「結婚後の女性の退職がすごく多い」「『育休2年』だが取っている社員は少ない」。結局、職員に勧められた別の企業の内定を得た。
清水さんは「就活を始めた頃は夢や希望で企業をみていたが、職員と相談し現実が見えた」と話す。堀口英則センター長は「星が少ない企業がうちの学生を採用する見込みは薄い。こうした企業に応募する無駄をなくせた」。01年度に64・7%だった就職率(分母は卒業者数)が13年度は92・3%に上がった。
産業能率大(東京都世田谷区)の教員は6割以上が元会社員だ。伊勢丹、NTT、村田製作所の元社員らが、1クラス約20人のゼミで4年間進路指導をする。
岩井善弘教授(経営学部)はあおぞら銀行(旧日債銀)出身。人脈を生かし、大手銀行支店の見学や採用担当経験者にエントリーシートの書き方指導を頼む。「エントリーシートの内容や面接時の服装などLINE(ライン)でひっきりなしに連絡がきます」
村山滋・企画広報部長は「大学がノルマを課しているわけではないが、ゼミ生を全員内定させようという意識が強い」と話す。
「面接官の見る目が変わりました」。桜美林大(東京都町田市)4年の浅野美裕さん(21)は、事務職をめざしている。指導したのは、日本航空(JAL)の国際線客室乗務員だった出口淳子さん(58)だ。
桜美林大は09年に、「キャリアアドバイザー」制度を導入。三菱商事や資生堂、富士フイルムなど大手企業の元採用担当者ら16人が就活生を支援する。就職率は導入前より10ポイント上がったという。
「面接は第一印象が大事」。出口さんは、ドアの開閉や敬語の使い方などを指導した。「お辞儀は『失礼いたします』と言ってから」「笑顔を絶やさない」。浅野さんが面接で実践すると、面接官に「とても落ち着いた印象を受けました」と褒められたという。
例年、桜美林大から数人が就職する多摩信用金庫(本店・立川市)の小野和久人事部長は「マナーの良しあしは大きい。入室時の印象が悪いと、その後の質疑応答で取り戻すのは大変だ」と話す。また、企業や業界をよく知っていれば、評価は高いという。「なぜこの業界なのか、なぜうちの会社なのかは、一番聞きたいこと。研究していれば印象は良くなる」
■ミスマッチ防止に期待
文部科学省によると、今春卒業の大学生の就職率は94・4%。3年連続で改善した。円安や株高による景気回復や震災の復興需要などが影響し、企業が採用を増やしたとみられる。ただ、人気が高い大手は「厳選採用」で競争率は高い。
大学にとって就職率の高さは学生集めの強みになる。元会社員を進路指導担当に雇うのは、他大学と差をつけたいからだ。
大学経営に詳しい大学マネジメント研究会の本間政雄会長は「企業のことを知らない大学職員より、元会社員に経験を踏まえて指導をしてもらった方が実践的。企業経験者を中途採用する大学は増える傾向にある」と話す。
学生と企業とのミスマッチ防止も期待されている。
大手建設会社など4社で人事責任者を務めたコンサルティング業、菅原秀樹さんは「企業の内情を伝えることで、学生の覚悟を養う効果がある」と話す。学生は華やかな面にあこがれて、志望企業を決めてしまいがち。大学職員が、業界や職種ごとの厳しさを十分に伝えるのは難しいという。ただ、「大学側にコネクションを期待する意図があれば企業は敬遠する。OBがいるから優遇されるということはありえない」。(千葉卓朗、岡田昇)