青い鳥を追って:/2 「雇用創出」あえぐ派遣

http://mainichi.jp/shimen/news/20140103ddm041040073000c.html

毎日新聞 2014年01月03日 東京朝刊

1室で約60人が働く札幌市北区のコールセンター( 写真省略)

 ◇コールセンター、低賃金で「企業の負」担う

 「あんたみたいなバカに話してもしょうがなか。上司を出さんね」

 九州の男性の怒鳴り声が聞こえてくる。有料の修理を無料でしてほしいと電話があり、既に10分。罵倒されるのに慣れたはずだが、どっと疲れを感じる。

 顧客からの電話による苦情や問い合わせに対応するコールセンター。札幌市中央区にあるビルの一室では、頭にヘッドセットを装着した約60人のオペレーターが、最近販売されたインターネット接続機器などへの問い合わせに対応している。派遣社員の中里みゆきさん(33)はため息を殺して再び話し始める。だが、男性の怒りは収まらない。

 上司に助けを求め手を挙げるが、上司は他のオペレーターの電話対応を支援していた。これまでは5〜6人に1人だった上司も、オペレーター増員に伴い、半年前から8〜10人を担当。腰を落ち着ける暇がない。

 謝り続け、なんとか電話を切った。またコールが響く。受ける電話は多い時で1日70件。怒鳴る、無理を言うなどの「難対応案件」はそのうち2〜3割だ。

 同期で入った10人は3カ月以内に7人が辞めた。人の出入りの激しいセンター内は毎週新人が入ってくる。時給は880円。8時間の勤務を終えた午後7時、上司に呼ばれた。「苦情処理が長い。5分で十分なはず」

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 成長を追う企業にとって、コールセンターは直接的な利益を生まないコスト100%の存在だ。「コストセンター」と呼ぶ経営者すらいる。

 業界誌がまとめた「コールセンター白書2013」によると、センターを持つ企業225社へのアンケートで、自社内のみで運営している企業は38・7%にとどまる。センター業務を別会社に委託する企業の広報担当は「受付窓口の予算を約1〜2割減らせた」とメリットを語る。中里さんの会社も、大手通信会社の子会社からコールセンター業務を受託している。

 札幌は地方都市としては有数のコールセンター集積地だ。2010年の国勢調査によると、全国のセンター業務従事者(役員を含む)は約24万6000人。うち北海道は約1万8000人で、業界関係者によると、その大半は札幌に集中している。

 理由は土地代と人件費の安さにある。テナント賃貸大手の三幸エステート(東京都)によると、先月末の札幌市中心部の1坪あたりのテナント賃料は1万2423円で、東京・丸の内の3分の1未満。最低賃金も全国平均764円を30円下回る。また北海道内の有効求人倍率はこの10年間、全国平均に比べ平均0・3ポイント低く、札幌市も労働力の受け皿となるセンターを積極的に誘致。さらに東日本大震災を機に、地震や台風被害の少ない点でも人気が高まった。

 コールセンターの場合、グローバル化に壁がある。業界大手の受託会社は06年、中国・大連に日本の顧客からの電話に対応するコールセンターを開設した。より安い人件費を見越しての海外進出だったが、言葉の問題や対応の悪さに苦情が噴出して撤退。札幌市に14年夏までに新たに1000席を増やす予定だ。

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 「あなたの仕事が無くなりました」。食品会社のコールセンターで仕事をしていた契約社員の山岸勝也さん(31)は2年前、2カ月に1度の契約更新の際にそう告げられた。会社側から「仕事を競合他社に奪われ人員維持ができなくなった」と説明され、同時に50人ほどが解雇された。「自分たちは『調整弁』なんだと感じました。声色から何を求めているのか察して解決に導く仕事は、つらいけど誇りも感じる。ただ仕事に見合う給与や条件とは思わない。私たちは時給1000円以下で、クレーム処理や人員調節といった企業の負の部分を担っているんです」

 日本コールセンター協会が昨年8月、センターを受託する企業に行ったアンケートでは、50社のうち41社が正社員数を「(全従業員の)3割未満」、32社が「2割未満」と回答。協会によると、派遣や契約などの非正規雇用者は入れ替わりが激しく、正確な割合や数はつかみづらい。ある受託企業の幹部は「企業がわれわれにセンターを外注するのはコストカットや、業務量に応じて人を増減できるから。それに応えるには非正規雇用が欠かせない」と打ち明ける。

 大手受託会社の幹部によると、既に札幌市内はセンターの求人をしてもあまり応募が来ない「飽和状態」。旭川市(人口約35万人)や函館市(同27万人)で人の取り合いが始まっている。この幹部は今後について「さらに小規模な人口数万人規模の自治体と一体になって、雇用を創出したい」と語る。

 札幌のセンターで働く中里さんは2カ月前から、勤務時間や日数を減らすよう会社に通告された。親会社がインターネットによる受注やクレーム処理を増やす意向を示し、センターの予算を減額したためだ。毎週5〜6時間ほどの減で、毎月15万円の給与が5000円程度少なくなった。5歳と9歳の娘を養うシングルマザーには大きい。「親会社の意向でいつ首を切られてもおかしくないように感じています。低賃金を目当てにやってきた企業はいつか、より低賃金の環境を追っていくのでしょうか」【山下智恵】

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