特集ワイド:3年ごとの人取り換え認める、労働者派遣法改正案 「一生、派遣のままか」

毎日新聞 2014年05月15日 東京夕刊

日本労働弁護団などの開いた集会で「派遣法をぶっ飛ばせ」と書かれた横断幕を前に改正案を批判する労働者=衆院第1議員会館で4月18日(写真省略)

 ◇当事者の声聞かぬ議論に怒り爆発

 安倍晋三政権の労働規制緩和が進む。ターゲットの一つ、労働者派遣法は「柔軟な働き方を広げる」と今国会で改正案成立を目指す。だが、議論の過程で“柔軟に使われる”側の声はほとんど顧みられなかった。その彼ら彼女らが政治に怒りをぶつける。「私たちの主張を聞かずに、私たちの働き方を決めるな」と。【東海林智】

 「法改正されたら3年後には仕事を失うか、良くて部署を異動させられ賃下げに遭うでしょう」。4月18日、衆院第1議員会館大会議室。シングルマザーで14年間、同じ会社の派遣労働者として働いてきた宇山洋美さんの言葉に、200人を超える聴衆は静まり返った。室内には「労働者派遣法『大改悪』に反対!の声をあげるつどい」の大看板がつり下げられている。

 宇山さんの仕事は労働者派遣法で専門業務とされる事務機器操作のため、雇用期間に制限はないが、法改正されれば「3年上限」に変わる。自腹で商業英語など仕事に役立つ資格を取りキャリアアップを重ねたが、賃金には反映されず「正社員に」との声もない。「改正は生涯派遣を強いるもの。私たちはレンタル商品ではありません。改正で希望まで奪われたくない」。涙声でそう訴えた。

 改正案は有期契約の派遣労働者が働ける上限を3年とする一方、使用者は3年ごとに人を取り換えれば、ずっと派遣を使い続けることができるとしている。政府は「女性、高齢者、若者などの多様な働き方を可能にする」と改正の意義を強調するが、派遣労働は臨時的や一時的なものに限り、いつもある仕事に用いてはならないとする「常用代替防止」の原則を切り崩す内容だ。派遣期間への制限が実質的になくなり、企業にとって使い勝手がよく、派遣労働者が際限なく拡大する恐れがある。

 派遣法改正案が国会に提出されて以降、連合の5000人集会をはじめ、多様な反対集会が開かれたが、労働事件に取り組む日本労働弁護団などが主催したこの日の集会は様相が違った。改正案を学者や弁護士などが解説するだけでなく、宇山さんら派遣で働く当事者8人が登場して「派遣の現実」を訴えたのだ。

 なぜ、こうした企画が計画されたのか。

 改正案は厚生労働相の諮問機関、労働政策審議会で議論され、法案要綱がまとめられた。同会は労働者、使用者、公益の3者で構成されるが、今回は使用者側のオブザーバーとして派遣事業者団体のメンバー2人が入り「働く側から柔軟な働き方を求めるニーズがある」などと法改正のメリットを盛んにアピールした。

 ところが労働側は、連合などの労働組合が改正反対の意見を述べはしたものの、もう一方の当事者である派遣労働者の声を聞く場面は一度としてなかったのだ。

 それでなくとも派遣労働者の現状はなかなか語られる機会がない。多様な職場に派遣されて働き、雇用期間も一定でないため、労働組合に加入する機会が少なく声を上げられないからだ。「実態を語ったりしたら、すぐに雇い止めにされるから怖い」(40代の女性労働者)というのも本音だろう。

 大手印刷会社の工場で働いていた橋場恒幸さん(50)は集会で、「2100円の賃金のうち1040円もピンハネされてきた。それでいて少し景気が悪くなると簡単に首を切られた」と語気を強めた。橋場さんは大手印刷会社の子会社で働いていたが、書類上の雇用主である別の会社、さらにもう1社が間に入り、二重にピンハネされた。しかも請負を装いながら派遣先に指揮命令を受ける偽装請負だった。埼玉労働局は立ち入り調査をして偽装請負と認定したが、それでも職場には戻れない。裁判で職場復帰を目指す橋場さんは「派遣法は労働者ではなく企業を守る法律。これがさらに改悪されれば労働者は安心して働けない」と訴えた。

 日雇い派遣などで働いてきた藤野雅己さんは「同じ会社の引っ越しの仕事で、直接雇用なら9000円の日給が日雇い派遣では6350円。いいように使われている」と憤りをあらわにし、こんなやり口を紹介した。引っ越し会社は、3月や9月の繁忙シーズンは人手不足で派遣料金が高騰するから藤野さんを直接雇用し、忙しいシーズンが終わって料金が下がると派遣として使うというのだ。

 事務系や肉体労働の派遣で働いてきた御堂由縁理(ゆかり)さんは「人生の半分以上は生きるために派遣で働いてきた。派遣で働きながら、安定した雇用に就きたいと思ってきた。でも、この改正で先が見えなくなった。いつまで派遣で働き続けなければならないのか。今後、派遣は増えていく。私たちに起こっている問題は、明日の正社員の問題です」と語った。厚労省の調査でも、派遣で働く人の約6割が正社員で働くことを望んでいる。今回の改正案はそうした思いに応えず、「多様な働き方」とは裏腹に、一生派遣で働くことを強いることになりかねない。

 一方で、派遣での働き方を望む労働者もいる。横浜市に住む女性(37)は、子育てにメドがつき、中学受験を目指す子供の教育費を稼ぐために仕事をしようと思った時、派遣を選んだ。「30代半ばを過ぎると正社員での仕事はほとんどありません。パートよりしっかり稼ぎたいと思ったら、すぐに仕事が見つかる派遣が良かった」と話す。

 ただ「夫がいるからできることで、1人で生活するならこの働き方は将来が不安で選べないだろう」とも。

 弁護士や学者などでつくる「非正規労働者の権利実現全国会議」は、改正案に反対する署名をインターネットで集める活動をしている。約1カ月で4000人を超える署名が寄せられた。

 日本労働弁護団の棗(なつめ)一郎弁護士は08年末、リーマン・ショックの余波で雇い止めに遭い仕事も住居も失った派遣労働者を支援する「年越し派遣村」の実行委員を務めた。「派遣村があれだけ大きな反響を呼んだのは、派遣労働者の生々しい実態が可視化されたから。実際に働いている派遣労働者がどんな状態で働き、この改正案をどんな思いで見ているのか、国民も政治家ももっと当事者に耳を傾けるべきだ」。そう指摘し「このまま成立したら事業者が雇用責任も取らず、安くいつでも使い捨てにできる労働者が正社員に取って代わり、日本の雇用社会に壊滅的な危機をもたらす」と警告する。

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 日本労働弁護団は派遣労働の実態や改正案の問題点を解説したパンフレット「生涯低賃金・ハケン切りなんてイヤだ!!」を作製した。同弁護団のホームページhttp://roudou−bengodan.org/からダウンロードできる。問い合わせは同弁護団(03・3251・5363)へ。

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