内定辞退・離職を防げ ワタミ「人材育成」熟考中

日本経済新聞 2014/11/15

 ワタミが社員の定着と育成に力を入れている。インターンシップなどを通じて入社前の学生とはきめ細かく接点を持ち、研修や会議など社員の負担は減らすようにした。人材の流出に悩んでいた同社だが、今年4月に入社した約120人のうち退職者を実質1人にとどめている。同社が手掛ける外食や介護の分野は人手不足が深刻になっており、人材の確保に手を尽くす。

■内定者向けにインターンシップ

西尾さん(右)は週1回、店長と一対一で面談する(画面省略)

 「料理をお薦めして、おいしかったと喜んでもらえるのがうれしい」。4月に入社し、バル風ダイニングのGOHANみなとみらいセンタービル店(横浜市)に勤務する西尾枝美子(23)はこう話す。週5日、主に午後5時から翌日の午前1時のディナータイムに働く。接客が中心で新人アルバイトの教育も任される。店長にあたるゼネラルマネージャーの滝田圭佑(26)は「顧客に向く姿勢がいい」と評価する。

 西尾がワタミを選んだのは「地元に店や料理教室を開く目標に共感してくれたから」。アルバイト経験や大学で学んだ管理栄養士や調理師の技術を生かそうと外食企業に就職活動し、ワタミが最も評価してくれたという。親や友人、大学の先生からも心配されたが「全然気にしなかった。社員に会い好印象を持ったし、ブラック企業なら大きい会社にはならないと思った」

 西尾は内々定が出た後に「北海道に行きたいという軽い気持ちで」夏に当麻町の直営農場などで催される2〜3週間の農業体験のインターンシップに参加した。トマトの収穫などを通じワタミの社員と交流し、社風を知る機会となった。

 農業インターンシップの後も、定期的に採用担当者と会った。ワタミは7人いる採用担当者が担当地域の内定者を集めて研修や懇親会を催した。将来の希望や現在の悩みを個別に把握するためだ。中京地区を担当した人材・ブランドグループ採用チーム課長の高城睦弘(32)は「壁を作らないように入社当時の苦労話や恋愛話もした」。高城の会には西尾も参加。「フランクで親しみがわいた。一緒に参加した介護事業の内定者の友人もできた」

 ワタミはこれ以外に、内定者が居酒屋で勤務するインターンシップを昨年始めた。入社後に抱くギャップを少なくするためだ。希望者約50人は1日の研修の後、通算50時間、店で働いた。内定者の親が参加するツアーも初めて催した。約20人が参加し、千葉県山武市の直営農場やグループで運営する介護施設をバスで巡った。人材・ブランドグループ長の岡田武(40)は「企業姿勢を理解してもらうためだった」と話す。参加者から「ブラック企業と言われているので心配だったが社員が熱心で安心した」などの反応があった。

 とはいえ2014年春入社は当初240人の採用を計画していたが、実績は半分にとどまった。内定の辞退者も約20人いた。厳しい採用環境を踏まえて、今年は計画を絞り込んだ。15年春入社の新卒採用は当初計画の100人に対し現時点の内定者は約60人。約70人まで上積みを目指している。

 そんな中でも今年から「あえて個人の意思を最大限尊重する」(岡田)ために、多くの企業が内々定の段階で学生に提出を求める「内定承諾書」をとることをやめた。しかし辞退者は今のところゼロ。今年も農業インターンシップを実施し、親参加のツアーも検討中だ。

■離職を防げ、研修・会議を見直し

 ワタミは一連の取り組みで、居酒屋を運営する事業会社で、入社3年後の離職率を直近の46.4%から30%以下に下げることを目指している。入り口の改革に限らず、意識面も含め抜本的な労働環境の改善にも取り組んでいる。

 例えば研修や会議の見直し。社員は毎月1回、本社などで研修を受けていた。これを店長は2カ月に1回、それ以外の社員は年1〜2回に減らした。年4回催していた全社員が集まる研修も休止した。会議や研修に充てる時間を一般職は3分の1、店長職はほぼ半減した。営業にエネルギーを注ぎやすくし、一人ひとりの負荷を軽くする。

 14年度中に国内の居酒屋で不振店を含め100店を閉店する。閉めた店の従業員を別の店に振り向け、1店当たりの社員数を13年度末の1.86人から14年度末に2.5人に増やす。社長の桑原豊(56)は社員の定着率を上げる狙いについて「これからの時代は画一的な店を大量出店するモデルは成り立たない。1店当たりの売上高を増すために、スキルを継続的に高めて高度な接客ができる社員を増やす必要がある」と話す。6月に全国転勤のない地域限定社員の待遇を改善した。これまでにアルバイトを中心に十数人が利用したという。

■「365日24時間働け」の文言を削る

 営業が苦戦するワタミにとり、労働環境の改善とイメージの回復は不可欠だ。13年12月、08年に社員だった女性(26)が入社2カ月後に自殺したのは、会社側が安全配慮義務を怠ったためとして、女性の両親がワタミや創業者で元社長の渡辺美樹(55)らに損害賠償約1億5000万円を求め東京地裁に提訴した。いまも係争中だ。

 渡辺は「私が一生背負っていく十字架。組織が大きくなる中で『365日24時間死ぬまで働け』という言葉の真意を伝えられなくなり、独り歩きさせてしまったと反省している」と話す。今年5月に遺族の心情を配慮し、グループ社員が持つ「理念集」にあった「365日24時間働け」の文言を削った。渡辺は「言葉の真意は、お金のためだけでなく自己成長のために仕事し、常に仲間や店のことを意識している心構えが大事、ということだった」と話す。社内の若手幹部候補生を集めた研修でも、がむしゃらに働くことで成長してきた渡辺が率いた時代の価値観を変えるように訴えているという。

 ある外食企業の経営者は「ワタミの成長力の源泉は不屈の営業力だったはず。果たしてそれに代わるものを生み出せるのか」と話す。マンパワーで成長力が大きく左右されるのが外食企業。ワタミは、一人ひとりに負荷のかからない労働環境と成長力を両立するという難題の解を求められている。=敬称略

(企業報道部 藤野逸郎)

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