朝日新聞デジタル 2014年11月27日
雇用は100万人増えたけど…/雇用や賃金をめぐる指標の変化(写真・図版は省略)
衆議院が解散した21日、東京都内の女性(47)は倉庫で配送のアルバイトをしていた。注文伝票を見ながらDVDを集め、かごに入れる。一日中、歩き通しで時給は900円。契約の3日間で、もらえるのは2万円と少しだ。
帰宅すると、テレビで安倍晋三首相が演説していた。「アベノミクスで雇用が100万人増えた」。「何を言ってるの?」と耳を疑った。
安定して長く働ける正社員を希望し、求職活動はもう1年になる。短期のアルバイトで月9万円ほど稼ぎ、家賃5万8千円を払う。1袋19円のそばや1斤71円の食パンを売る業務用のスーパーに通う。
ハローワークで求人数が増えた実感はあるが、アルバイトや派遣の募集ばかり。正社員をみつけても手取りが12万〜15万円程度。「かけ持ちしなければ、まともに食べていけない」
「就業者数は約100万人増加」「賃上げ率は過去15年で最高」――。自民党が25日に発表した公約集の冊子には、雇用に関する「成果」が目立つ。
安倍政権になって2年、雇用関連の数字は確かに好転した。リーマン・ショック後に5・5%まで悪化した失業率は3・6%(今年9月)まで回復した。有効求人倍率も1・09倍で、求職者数よりも仕事の数が多い状態が続く。
だが、雇用の「質」は置き去りだ。2年で増えた約100万人の内訳はこうだ。パートや契約社員などの非正社員は123万人増え、逆に正社員は22万人減った。しかも増えた約100万人のうち、7割が65歳以上だ。人数の多い「団塊の世代」が高齢化したのを背景に、働く高齢者が2年前の356万人から424万人に増えたためだ。
賃金の面でも明暗が分かれた。今春闘では安倍首相の賃上げ要請に大企業が相次ぎ応じ、15年ぶりに2%台の賃上げ率を実現した。中小企業でも賃上げはあったが、平均賃上げ額では大企業との格差が広がった。
中小の運送会社でトラック運転手として働く男性(45)は、午前2時半に都内の営業所をトラックで出発する。千葉県内の倉庫へ向かい、アイスクリームなど冷凍食品を積み込み、関東一円にあるスーパーやコンビニの配送センターへ運ぶ。積み下ろしの待ち時間なども含め、1日13時間ほど働くことはざらだ。
月の手取りは25万円。基本給は最低賃金をもとに計算されており、今年、東京都の最低賃金が時給で19円あがった分だけ上乗せされた。「基本給が上がった分、成績に応じてつく手当が減った。だからプラスマイナスゼロ」と言う。業績に連動するボーナスも、以前は5万円ほどあったのが、今年は2万円に減った。
「生きることに必要な物しか買えない。景気がよくなったなんて、どこの国の話ですか?」。都内の私立保育園で保育士として働く女性(41)は1年前、保育園を運営する会社の担当者から「今年は月給を上げます」と言われて喜んだ。だが、「その分、ボーナスを削ります」。結局、年収は240万円のままだ。(岡林佐和)
■働き方見直し、問われる視点
「世界で一番企業が活動しやすい国を目指します」。安倍首相は昨春、衆院本会議での施政方針演説でこう言いきった。この言葉を端的に示すのが、労働者派遣法の見直しだ。
働き手を3年ごとに替えれば、どんな仕事でも何年でも、企業は派遣労働者を受け入れられるようになる。派遣業界の要望をほぼ受け入れた形での見直し案だった。臨時国会では、「正社員が派遣に置き換わる」と野党が反対し、衆院解散で廃案になった。
安倍首相がこの2年で並べたメニューは、企業にとって労働者を使いやすくするものが目立つ。働いた時間ではなく成果で賃金を支払うとする「残業代ゼロ」制度は、政府内で検討が進む。有期契約の非正社員が5年を超えて働いたら無期契約に転換できるルールについて、専門知識のある労働者を適用外にする法律も成立させた。
終身雇用を中心とした「雇用維持型」から、転職のしやすい「労働移動型」社会への転換を首相は狙う。解雇や労働時間を規制する雇用のルールを「岩盤」と位置づけ、それを打ち破ろうとしている。
だがそれは、労働者を守る最後の「とりで」でもある。若者を酷使するブラック企業が横行する昨今、それらを崩せば、働き手の健康や生活を脅かしかねない。
安倍首相は来春闘でも労使に対し、賃上げを求めた。だが、その恩恵が届かない非正社員ばかりが増えては、景気の好循環にはつながっていかない。
雇用政策を企業の視点から進めるのか、働く人の視点でとらえ直すのかが、問われる選挙でもある。(高橋末菜)