毎日新聞 2014年11月25日 地方版
10月24日に生まれたばかりの長女が妻(29)の腕の中で泣いた。その様子をいとおしそうに見る求職中の男性(39)=紫波町=は、「この子の未来が明るいものであってほしい。そのため、普通に働き、普通に暮らせる社会。それだけでいいんです」と願う。
盛岡市出身。介護の専門学校を卒業した後、介護施設で4年間働いた。市卸売市場の鮮魚卸売会社に転職して4年間勤めたが、業績悪化のため解雇された。どちらも正規雇用だったがその後は正社員に就けず、派遣社員になったら北上市の電子部品工場や金ケ崎町の自動車部品工場の仕事を割り振られた。
「そこには人としての扱いはなかった」と男性は言う。「派遣さん」と呼ばれ、正社員が働く部屋にあるエアコンが自分の棟には無かった。労働基準法で男性に与えられるはずの45分の休憩は、ミーティングやラジオ体操の名目で削られた。「体力的にきつく、てんかんを発症したんです」。病気を理由に9月に解雇され、療養しながら正社員の職を探している。
今は障害者授産施設の非常勤職員として働く妻の収入が頼り。その妻も「仕事内容や月22日の勤務日数は正職員と同じでも、給与はずっと少ない15万円弱」と非正規職の現状を嘆く。
安倍晋三首相は、アベノミクスの成果として「22年ぶりの高さの有効求人倍率」を掲げるが、男性は「県内の求人の大半は不安定な非正規。正社員は復興特需に沸く建設関係に少しある程度。我々にアベノミクスの恩恵なんて一つも無い。大企業や経営者は利しているかもしれないが」と安倍政権の経済対策を切り捨てる。「まっとうに働き、暮らせる社会にしてほしい。選挙で少しでも政治や行政が変わればいいのですが」
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厚生労働省の調査(2013年3月)によると、派遣労働者の6割が「正社員になりたい」と希望。派遣で働く理由を4割が「正社員の職がないから」と答えた。
「連合岩手」の佐藤茂生・副事務局長は、紫波の男性のような実態を安倍政権は見ていないと批判。「パートや非正規といった不安定な雇用が広がっている状況で、経済発展も復興もありません」【春増翔太】=つづく
◇雇用流動化で成長促す
民主、共産、生活など各党が「安定雇用」政策を求める中、安倍政権は成長戦略の一環として、派遣労働の推進など雇用の流動化によって成長を促す考えを軸に労働政策を進めてきた。