「ゼロ時間契約」広がる英国 景気好調の陰、雇用不安定

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朝日デジタル 2015年5月3日
   
ロンドン=寺西和男

写真・図版:ロンドンのナショナルギャラリーの一部民営化に反対してストライキする従業員ら。不安定な雇用形態のため、月に数回しか勤務に入れないという従業員は「民営化で仕事がさらに減らされないか心配だ」と訴えた=寺西和男撮影(省略)
 
 主要7カ国(G7)で昨年の経済成長率がトップだった英国。2008年の経済危機以降、失業問題が深刻な欧州でも失業率は最低レベルの「勝ち組」だ。だが、好調そうに見えるその陰で、低待遇で収入も不安定な「非正規」雇用を続ける人が増えている。7日投開票の総選挙でも格差問題への対応をめぐり、熱い議論が交わされている。

 「英国はほかの欧州連合加盟国を合計した数字より多い雇用を生み出した。欧州の職業製造工場だ」。英国の昨年11月〜今年2月の失業率が6年半ぶりの低水準となる5・6%だと発表された4月17日、キャメロン首相はそう胸を張った。

 実質の国内総生産(GDP)成長率は昨年は前年比2・6%。今年1〜3月はやや減速したが、好調さを示す経済指標が続く。だが、データとは裏腹に、働く人たちから雇用や生活への不満が聞かれる。

 ロンドン郊外に住むトム・ミーキンスさん(22)は昨年大学院を修了して就職しようとした。でも面接に受からず、約半年前からパブでビールなどを出す従業員として働き始めた。

 毎週日曜日、ミーキンスさんの携帯電話に、経営者から1週間分の勤務シフトがショートメールで届く。30時間以上働ける週もあれば、約10時間だけの週もある。時給は、物価水準が高い英国でも最低賃金の6・5ポンド(約1200円)。昇給はない。「メールが突然届いてスケジュールを立てるのも大変だが、勤務依頼を断ると辞めさせられるかもしれないので、YESというしかない」という。

 ミーキンスさんの働き方は「ゼロ時間契約」と呼ばれる。雇用保護規制が緩い英国では、接客業のほか、最近はホワイトカラーなどにも広がり、地方自治体など公共部門でも使われる。

 英統計局が個人調査をもとに推計したところ、昨年10〜12月に主な仕事をゼロ時間契約で働く人は69万7千人で、5年間で4倍以上に増えた。労働者全体の2%だが、雇用主への別の調査から推計すると昨年8月時点で180万人に上り、実態はもっと多いとみられている。経済危機後、固定費を減らしたい企業などが「調整弁」として採用を増やしたうえ、ゼロ時間契約についての報道が増えて、契約を確認して気づく人が増えたのも理由だ。調査に応じた約3分の1が「もっと働きたい」と答えた。

 英大手労組、公共商業サービス組合のクリス・ボフ副書記長は「電話口で雇用者から依頼を待つゼロ時間契約は労働者の立場を弱め、生活を不安定にさせるだけだ」と訴える。

 一方で、失業率が高いスペインでは厳しい労働規制で賃下げなどができない企業が新規採用を控えたため、若者の2人に1人を失業状態に追いやり、世代間の格差を生み出した。柔軟な労働規制のもとで、条件が悪くても職に就ける方がましだとの見方もある。

 ゼロ時間契約で働く3分の1は16〜24歳の若者で、流動的な就業時間では技能も身につきにくい。シンクタンク、レゾリューション財団のローラ・ガーディナーさんは「スキルを持つ人と持たない人など、英国も二つに分かれた労働市場が定着する恐れがある」と述べ、世代間の格差拡大を懸念する。

■広がる格差、野党が批判

 選挙戦では好調な経済データを並べて実績を強調する与党の保守党に対し、野党の労働党は「ゼロ時間契約」を前面に出し、格差問題などで批判を強める。

 「効果を出している経済プランを続ければ、さらに失業率を下げていける」。キャメロン首相は4月30日、テレビ番組で支持を訴えた。財政再建路線も続ける考えを示した。

 一方、労働党のミリバンド党首は「ゼロ時間契約(の増加)ほど、経済がうまく回っていないことの象徴はない」と批判。マニフェストではゼロ時間契約の労働者が正規雇用者と同じように12週間働けば、正規雇用に切り替えられる法改正を提案した。「行き過ぎた」財政緊縮策も弱い立場の国民の生活を苦しめていると批判する。

 世論調査で予想獲得議席数が3位のスコットランド民族党も「搾取的なゼロ時間契約は終わらせる」と訴える。(ロンドン=寺西和男)

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 〈ゼロ時間契約〉 週あたりの労働時間が決まっておらず、雇用主の要請がある場合のみに働く。働いた時間に対して賃金が払われるが、雇用主に仕事を提供する義務はないため、勤務が「ゼロ時間」になる可能性もある。雇用主は最低賃金を払うなどの義務があるが、正規雇用のような病欠手当や産休などは保障されにくいなど、労働者の権利が制限されることも多い。
 

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