http://www.sankeibiz.jp/macro/news/151022/mca1510220500003-n1.htm
SankeiBiz 2015.10.22
来月は、過労死等防止対策推進法に基づく過労死等防止啓発月間。厚生労働省は、全国29カ所でシンポジウムを開催するという。
7月24日に閣議決定された「過労死等の防止のための対策に関する大綱」では「過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会」をうたい、対策の基本的な考え方や当面の目標を定めている。例えば、2020年までに「週労働時間60時間以上の雇用者の割合を5%以下」とする、などである。
気になったのは「過労死等は、その発生要因等は明らかでない部分が少なくなく、第一に実態解明のための調査研究が早急に行われることが重要」としている点。調査研究は重要だが、「KAROSHI」という恥ずべき言葉を生んだわが国が、そんな悠長な姿勢でいいのだろうか。
先ごろ英医学誌『ランセット』電子版に載った論文によると、週の労働時間に応じて、脳卒中と心臓病になるリスクが確実に高まることが明らかになった。
ロンドン大学などの研究チームが複数の研究を集めて統計的に解析する方法で、労働時間と脳卒中、心臓病との関係を調べた。対象は欧州、米国、オーストラリアで実施された24の疫学調査をもとに公表された25件の論文や未公表のデータなど。
脳卒中に関して男女約53万人のデータを追跡したところ、週の労働時間が標準(35〜40時間)の人に比べ、週41〜48時間の人では、発症リスクが10%高まった。さらに、週49〜54時間の人では27%、週55時間以上の人では33%も高くなった。
心臓病については、男女約60万人のデータを追跡した。週55時間以上働く人で標準の人に比べ、発症リスクが13%高くなった。
長時間労働が心血管系の病気のリスクを上げることはこれまでも複数の研究で示唆されていたが、この研究で、長時間労働と脳卒中の関連がはっきり示されたといえる。
日本の雇用者の週労働時間はどうなっているか。総務省の労働力調査(13年)によると、週労働時間35〜39時間以内の人は全雇用者の8%。40〜48時間以内が41%、49〜59時間以内が12.7%。なんと、週60時間以上働く人が8.8%もいる。12年調査では、30代男性の18.2%(144万人)が週60時間以上働いていた。
この割合をおおまかではあるが先の論文に当てはめると、日本の雇用者の約6割が長時間労働による脳卒中のリスク上昇にさらされており、特に30代男性の約2割は、度を越した長時間労働で脳卒中と心臓病のリスクが高まっている、といえる。
脳・心臓疾患に係る労災支給決定件数(死亡)は、近年百数十件で推移し、13年度は133件だった。もちろん氷山の一角に過ぎない
大綱では、国の対策に加え、事業主や労働組合にも取り組みを求めている。若年層にも過労死が発生していることを踏まえ、経営幹部が率先して取り組むこと、過労死の原因究明や再発防止策の徹底に努めること、産業保健スタッフの活用(産業医のいない規模の事業場では産業保健総合支援センターの活用)に努めることなどが挙げられる。
過労死は、火を見るより明らかな「今そこにある危機」だ。調査を待って手をこまねいていてはいけない。一日も早く長時間労働を減らすことが企業の急務であろう。
【プロフィル】東嶋和子
とうじま・わこ 科学ジャーナリスト、筑波大・青山学院大非常勤講師 筑波大卒。米国カンザス大留学。読売新聞記者をへて独立。著書に「人体再生に挑む」(講談社)、『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文藝春秋)など。