毎日新聞 論点 働く人を守るには

毎日新聞2016年12月30日 大阪朝刊
http://mainichi.jp/articles/20161230/ddn/004/070/022000c

オピニオン

 長時間労働による過労死・過労自殺やブラックバイトなど、日本の職場には多くの問題が山積している。働く人を守るためにはどうしたらいいのか。過労死問題に長年取り組んできた関西大学名誉教授の森岡孝二さん、学校で労働法などワークルール教育を実践してきた大阪府立高校教諭、肥下彰男さんの2人に聞いた。【聞き手・湯谷茂樹】

法規制で長時間労働是正 森岡孝二・関西大学名誉教授

 過労死・過労自殺をうむ長時間労働をなくすには、残業時間の制限や、終業から翌日の始業まで一定時間の休息を義務づける勤務間インターバル制度の導入など、法的規制が必要だ。

 安倍内閣は、働き方改革を打ち出しているが、法的規制には及び腰だ。企業の自主性と労使の話し合いに任せていては、長時間残業はなくならない。

 1988年に過労死110番を実施すると相談が殺到して、メディアも大きく報道。過労死は国民用語になった。それから28年、大きな変化があった。

 非正規雇用は30年前の十数%から4割に拡大し、低賃金の非正規労働者が急増した。格差が進行する中で、正社員は少数精鋭になり、人員は減っているのに仕事は減らない。若年層の過労死・過労自殺にいたる健康障害、パワハラ、うつ病が特に深刻になっている。

 仕事の質も変化した。情報化で端末画面を見ながらの仕事が増えた。携帯電話やメールの普及で仕事がどこまでも追いかけてくる。グローバル化やビジネスの24時間化で深夜労働も増えた。スピードや利便性を求める競争も増加。オンとオフの境界があいまいになり、精神的疲労やストレスが増大している。

 なぜ、長時間過重労働が解消しないのか。87年の労働基準法改正で、週48時間労働が週40時間となった。週休2日は増えたが、不完全週休2日が多く、8時間という1日あたりの基準も緩められたため、平日の労働時間は長くなった。統計のうえでは時短が進んでいるように見えながら、職場レベルではそうなっていない。日本の労働現場の実情を踏まえて言えば、週50時間、1日10時間労働が、男性正社員の働き方の典型だ。少し増えて週60時間になれば、週20時間残業、月当たりでは80時間残業だ。これは厚生労働省の労災認定でいう「過労死ライン」にあたる。そういう働き方が年間200日以上就業する男性労働者の2割近くをしめる。 

 長時間残業の是正には、労使の取り組みと政府による法的規制の両方が必要だ。労使任せでは残業にブレーキをかけられないのは、労働時間の延長に関する労基法36条の労使協定(36(さぶろく)協定)が、残業規制の抜け穴になってきた経緯を見ればわかる。日本の労働組合は、労使協調で、時短より雇用維持と残業手当の確保を優先し、青天井の36協定を認めてきた。

 EUでは週48時間を超えて労働してはならないという法的規制がある。さらに、勤務間インターバル制度についても、最低11時間以上の連続休息時間の確保が義務づけられている。日本もこれにならうべきだ。

 

ワークルールの学習重要 肥下彰男・大阪府立高校教諭

 労働法などのワークルールを学校で教えることは重要だ。学校は、頑張れ、頑張れと生徒を伸ばす。この日本の学校文化が企業のブラックな働かせ方と親和性があるように感じている。ワークルールがあって、それを守ることで人間らしい働き方をする。人間らしい働き方をしないと、人間らしい生き方ができない。そのことを学生のうちに学ぶ必要がある。違法な働かせ方が横行する社会に出て問題にぶちあたった時、どうしていいかわからない、相談相手もわからないということでは、何のために学生時代頑張ってきたのか、わからなくなってしまう。

 ワークルール学習は、2006年に赴任した大阪府立西成高校で始めた。経済的に厳しい家庭も多く、かなりの生徒がアルバイトをしていた。話を聞いていると労働法違反と思われる事例もあり、取り組むことになった。事件に遭遇したら警察署に通報するのと同様に、ワークルール違反があったら労基署に通報したらいいこと、一人でも加入できるユニオンという労働組合の存在なども学習した。

 するとある生徒が、アルバイト先で突然解雇されたので労基署に通報したいと言ってきた。アルバイト先は、業務妨害で訴えると脅してきたが、労基署も不当解雇だと言ってくれ、解雇予告手当が支払われた。その時、生徒は「これは私だけの問題じゃない。私が動くことでバイト仲間の処遇が変わるかもしれないし、少し社会が変わるかもしれない」と言った。ユニオンなどの支援も受けて解雇問題を解決した別の生徒は「突然クビと言われ自尊心が傷つけられた。自分がおかしいと思うことに対して、人とつながることで解決できると実感できた」と語り、学校生活も積極的になった。

 厳しい労働環境で働く若者にとって労働問題は人権問題だ。従来の人権教育には労働者の権利は入っていなかった。人権教育の研究会などで西成高校の取り組みを発表すると、やはり経済的に苦しい家庭が多い九州の旧産炭地の学校の先生から最初に反応があった。ブラック労働や子どもの貧困が問題化し、西日本を中心に取り組みは広まっている。そうした中で関西で活動する「ユニオンぼちぼち」と出会い、「<働く>ときの完全装備」を一緒に出版した。

 今年18歳選挙権が導入され、学校でも主権者教育が始まった。架空の政党への模擬投票もいいが、労働についての学習をもとに、各政党の政策を考えさせることなども大事な主権者教育だろう。また、グローバル化が言われているが、国際的な労働基準と日本の基準との違いなども学習する必要があるだろう。

相談窓口など一覧

 厚生労働省作成のパンフレット「過労死ゼロを実現するために」には、労働条件や健康管理に関する相談窓口などの一覧が掲載されている。

 <労働条件などに関する相談>都道府県の労働局▽全国の労働基準監督署や総合労働相談コーナー▽インターネットサイト「確かめよう労働条件」(http://www.check-roudou.mhlw.go.jp/)▽無料電話相談「労働条件相談ほっとライン」(0120・811・610)(水曜、年末年始休み)

 <過労死防止の活動を行う民間団体>過労死等防止対策推進全国センター(http://karoshi-boushi.net/ 関西事務局06・6364・3300)▽全国過労死を考える家族の会(http://karoshi-kazoku.net/ 東京駿河台法律事務所03・3234・9143)▽過労死弁護団全国連絡会議(http://karoshi.jp/ 過労死110番全国ネットワーク03・3813・6999)。また、各地のユニオンも職場の問題の相談に応じている。

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