特集記事 労働組合って、誰得なの?
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/26712.html
NHK News 政治マガジン 2019年12月4日
弱い立場の働く人を守る組織、労働組合。入ってます?
はい、と答える人は、今や少数…むしろ遠い存在と思っている人が多いのではないだろうか。
日本最大の労働組合の中央組織「連合」。
11月21日に結成30周年を迎えたが、伝える新聞・テレビの論調は厳しかった。
「問われる存在意義」「かすむ存在感」
もはやオワコンなのか、労働組合は誰得なのか、今を探った。
(山田康博)
「ウーバーイーツ」の現場では
「お待たせしました!」
東京・池袋の繁華街。
秋風が吹く11月の昼下がりに、バイクで定食を届ける中年男性の姿があった。
料理の配達代行サービス「ウーバーイーツ」配達員の土屋俊明さん(43)だ。
土屋さんは、今年7月、原付バイクで配達中に事故にあい全治2週間のけがをした。
しかし、当時、配達員に対する補償はなく、仕事を休まざるを得なかった。
2日後に会社から届いたメールに怒りを覚えたという。
「今回のようなことが再度あればあなたのアカウントは永久停止となるかもしれません」
そこで土屋さんが頼ったのが労働組合。
ことし10月に「ウーバーイーツ」の配達員たち約20人で労働組合が結成された。
土屋さんも加入した。
土屋さんのように、インターネットを通じて単発で仕事を請け負う労働者は「ギグワーカー」と呼ばれる。
スマホ1つで、好きな時間に働くことができるため若者を中心に増えている。
一方で、会社とは雇用契約を結ばない「個人事業主」として働くため、労災保険が適用されない。
会社は守ってくれず、自己責任なのだ。
土屋さんのようなフリーランスの労働者は、全国でおよそ170万人いると推計されている(労働政策研究・研修機構調べ)。こうした人たちを「従業員」として扱うべきか、労働条件の改善をどう進めるかが課題となっている。
土屋さんのもとには、11月末、「報酬を引き下げる」という通知が一方的に送られてきた。会社への不信感は募るばかりだ。
「トラブルや事故に遭って、誰かに相談したいというときに、組合があれば、心強いですよね」
労働組合、どうなの?
労働者は個人では弱いものだ。そのよりどころとなる組織の必要性は、時代が移っても変わらないはずだ。
その役割を担ってきたのが、労働組合。働く人たちが団結して、労働条件の維持、改善などを交渉するために作った。
憲法でも保障されている。
しかし、現在、勤め人のうち、労働組合に入っている率は17%。ずいぶん低い印象だ。
私は、NHKの労働組合に加入しているが、企業によっては組合がないところもあるし、組合はあっても入らない従業員も少なくない。
組合に加入していない友人に話を聞いてみた。
20代〜30代の3人で、団体職員とフリーランスのシステムエンジニアをしている。
組合はどういうイメージ?
「月々給料から組合費を徴収される」
「権利だけ訴えて無理がある印象」
「結局給料だって経営側の努力で上げてくれるんじゃないの」
組合に入ってない理由は?
「メリットを感じない」
「助けてもらったという記憶がない」
一方で、フリーランスの友人は、こう続けた。
「でも、会社員を辞めて、フリーランスになってから補償がないことに気がついたんだ。最近は組合に入ろうか迷っているんだよね…」
栄光と凋落
労働組合が集まってつくる日本最大の中央組織が「連合」だ。
1989年11月21日、官公庁の組合を中心とした総評=日本労働組合総評議会と、民間企業の労働組合を中心とした同盟=全日本労働総同盟など、4つの団体が統合して、組合員およそ800万人で発足した。
ことし11月で、結成からちょうど30年を迎えた。
初代の山岸章会長は、政界とのパイプが太く、1993年に非自民勢力による細川政権の樹立に深く関わった。
2009年には鳩山政権の誕生を後押しし、2度の政権交代を実現させた。
1990年代からは、時の総理大臣と連合会長が会談する「政労会見」が定期的に開かれた。賃金や労働政策について、直接要望を伝えた。
連合が、影響力を示し、輝いていた時代だ。
しかし、不況などを背景に賃上げ率は下落。連合が発足した1989年は、5.17%と高い水準だったが、2000年台に入ると1〜2%台で推移している。
組合員数は、一時660万人にまで減り、その後やや持ち直して700万人。目標とする組合員1000万人は遠い。
非正規労働者の多くは組合には加入せず、連合は「正社員クラブ」とも揶揄(やゆ)されるようになった。
(下図は青い棒グラフが非正規の割合、赤い折れ線が労組の組織率)
連合東京の幹部は、自省を込めて次のように語る。
「組織率の低下は、正社員クラブとやゆされるように、新しく入ってきたパートタイムの人や非正規労働者をなんとかしてあげようという取り組みが弱かったからに尽きます。パートや契約社員が多くなってきたところに対応できていないのは、我々労働組合の責任だと思う」
安倍1強で異変が
2012年に第2次安倍政権が発足した後は、政府が、経済界に直接賃上げを要請する「官製春闘」が定着。政労会見は開かれなくなった。
こうした「安倍1強」の政治状況が続く中、非自民勢力による政権交代を目指してきた連合内で、異変が起きているという。
連合幹部によると、若い年齢層の組合員は、組織内で行ったアンケートで「自民党支持」と書いている人が一定割合いるというのだ。若い世代は「現状が続けばいいと思うから」とか「安倍政権は賃上げしてくれるから」といった意見が目立つという。
空気のような存在だ
こうした状況をどう見ているのか。連合トップの神津会長にぶつけてみた。
「やっぱり官邸は上手だなっていうのはある。正確に言うと『官製春闘』っていう言葉だけが定着してきたんですよ。世の中全体を見渡したときに、労働組合がない人たちにも、賃上げが本当に広がってるかどうかは疑問だ」
「経営側に比べて、労働者は圧倒的に力が弱い。結束して、まとまらなきゃいけない。団結する権利があるんだということを知ってほしい。労働組合は、空気のような存在かもしれない。薄くなったり、なくなったりすると生きていくことができない。そこで初めてありがたみがわかる」
そして、労働者の立場に立った政治勢力が必要だと強調した。
「1強政治が長く続くことの弊害は大きい。与党と野党がしっかりと話し合い、合意形成を図る姿からは遠ざかってしまっている。社会保障の将来像などが明確に示されないままになっている。与党と野党が拮抗して、国民のために責任ある政治議論が進めば、こんなことにならないんじゃないか」
翼を広げて
再び存在感を示すため、連合は、今、新しい取り組みを進めている。
「非正規労働センター」を設け、パートや派遣労働者などを支援してきたが、これを、ことし改組し、「フェアワーク推進センター」を設置したのだ。
非正規労働者に加えて、フリーランスや外国人労働者などの処遇改善にも乗り出した。
非正規労働者が2000万人を超え、ウーバーイーツのように働き方が多様化する中、これまで労働組合に加入できなかった人たちにもウイングを伸ばし、組織の裾野を広げようという狙いだ。
同時に、「労働者の悩みに向き合う」という原点に立ち戻った活動にも力を入れる。
LINEやツイッターなどSNSを通じた労働相談を実施。
SNSは若い人たちにとって身近であるうえ、給与明細などの証拠資料が画像で送れる利点もある。
「パワハラに悩んでいる」
「早期退職できない」
「サービス残業させられる」
など、電話やメールを合わせると毎年1万5000件の相談が寄せられるという。
担当者は「連合に加盟していなくても、職場で悩んでいる人の役に立つのが、私達の『存在意義』です。泣き寝入りせずに相談することから職場改善は始まる」と話す。
「正社員クラブ」からの脱皮
神津会長は、働き方の多様化が進んだ今の時代こそ、労働組合の存在意義が大きくなっていると話す。
「労働組合の役割は増してるんじゃないでしょうか。発足のときは、正社員が大半だったが、この20年間で多様な働き方が進んだ。これによって、連合が向き合わなければいけない働く人の悩みやニーズはものすごく大きくなっていると思う」
「労働組合という傘に守られていない人や、労働組合と縁遠い人たちは、組合に対する期待感が薄いということなので、どうやって克服していくのかがこれからの課題だ」
30年の節目を越えて
この30年、連合は必ずしも時代の変化に対応してこれたとは言い難い。
では、次の30年はどうだろう。
ギグワーカーだけでなく、働く高齢者や外国人労働者も増え、さらにはAIやロボットの登場で、働く現場は大きく様変わりしていくだろう。
労働者一人ひとりの切実な声を聞き、悩みに向き合う。その姿勢を貫いてこそ、誰のためにあるのか、その存在感を発揮できる。真価が問われるのは、これからだ。
#連合
政治部記者
山田 康博
2012年入局。京都局から政治部。総理番、法務省を経て、19年夏から厚労省クラブ。連合や年金改革を取材。