クローズアップ2008:横行「名ばかり管理職」 低賃金策、背景に http://mainichi.jp/select/opinion/closeup/news/20080513ddm003020128000c.html 「名ばかり管理職」が依然として労働現場に横行している。
ハンバーガーチェーン「日本マクドナルド」が店長に時間外手当を支払わなかったのは違法と認定した東京地裁判決から4カ月。判決を契機に改善に乗り出した企業は一部にとどまり、今月9日には新たにコンビニエンスストア「SHOP99」の元店長が会社を相手に提訴した。
低賃金を価格競争の原動力にする企業実態が背景にある。【東海林智、小倉祥徳】 ◇残業常態、手当なし/過重労働、命の危険も 未払いの残業代など約450万円の支払いを求め、「SHOP99」の経営母体「九九プラス」(本社・東京都小平市)を訴えた清水文美(ふみよし)さん(28)は、入社後わずか9カ月で店長にさせられた。清水さんが加盟する組合「首都圏青年ユニオン」が団体交渉したところ、会社側は店長職について、経営と一体的な立場にある「管理監督者」であると説明した。同社には800を超える店舗があり、正社員約1200人のうち800人以上が管理監督者になってしまう。 清水さんはアルバイトの日程が調整できない時は代わりを務め、連続勤務は最大で29日間に及んだ。24時間勤務を終え50分間休み、また24時間働いて、10分空けて17時間働いたこともあった。しかし、管理監督者という理由で、一般従業員の時に手取り月29万円だった給与は店長就任後21万円に減らされた。 「違法な仕組みが、いかに会社に深く根付いているか」。労働問題を中心に弁護活動を行っている日本労働弁護団の棗(なつめ)一郎弁護士は驚きを隠さない。 日本マクドナルドを巡る1月の東京地裁判決(同社は控訴)を受け、同弁護団が2月に実施した電話相談には5時間で100本の電話があった。入社2年目の19歳で管理職にされ、月60時間近い残業代が支払われなくなったケースや、「管理職候補」の肩書だけで残業代が支払われなかったケースもあった。 過重労働による健康被害も問題の一つだ。 マクドナルド裁判の原告で同社店長の高野広志さん(46)が声を上げたのは、過労死と家庭崩壊の危機感からだった。残業が月100時間を超え、「僕らが死んでもお葬式にも参列できないね」と息子に言われて言葉を失ったという。高野さんは「管理監督者だと思って頑張ったが、企業は残業代を払わないことを決めておいて、そこに理屈を当てはめただけ」と憤る。うつ病を発症した清水さんも「人を人として扱うとはどういうことか、根本的に考え直してほしい」と訴える。 厚生労働省によれば、06年度に過労自殺として労災認定された人は前年度比57%増の66人、過労によるうつ病も同61%増の205人に上った。過労による脳・心臓疾患の労災も335人(うち死亡147人)で、いずれも過去最多だった。会社の中核となる30〜40代が目立つが、これは「名ばかり管理職」が多い年代でもある。 政府は仕事と生活の調和を目指すワーク・ライフ・バランス(WLB)の視点から、労働基準法改正案を国会に提出した。時間外労働の賃金割増率(現行25%)を見直し、長時間労働の抑制を目指す。具体的には時間外労働が、45時間までは25%▽45〜80時間は25%以上(労使協議で決める)▽80時間以上は50%とする案だ。 ある大手産別労組幹部は「割増率の引き上げは長時間労働の抑制には効果的かもしれないが、企業側はますます名ばかり管理職を増やし残業代を免れようとするのではないか」と危惧(きぐ)する。 ◇企業、見直し消極的 支払い増で減益を懸念 マクドナルドを巡る東京地裁判決を受け、一部の企業は店長への残業代支払いや勤務形態の変更を行った。しかし、消費が低迷する中、人件費増への抵抗感は根強く、大勢にはなっていない。 紳士服チェーン「青山商事」は、4月から全国750店の店長と本社課長ら計936人に残業代を支給し始めた。全従業員の2割以上に当たり、社会保険料などを合わせた過去2年分の人件費約12億円も支払った。 コンビニエンスストア最大手の「セブン−イレブン・ジャパン」も3月から直営店の店長約500人に残業代の支払いを始めた。「待遇見直しは以前から検討しており、判決を受けた対応ではない」と同社は説明する。ただ、店長手当を半額程度に減らしたため、店長収入は従来とほとんど変わらないという。 一方、外食産業のロッテリアは「長時間労働を発生させない仕組みを検討する」として残業代は支払わない方針だ。勤務を法律に触れない形態に改め、人件費増を最小限に抑えるぎりぎりの線を模索している。 ある証券アナリストは「残業代の支払い増加で、利益が吹き飛ぶ企業も出てくる。待遇を見直せば商品に価格転嫁せざるを得ないのでは」と指摘する。しかし、企業側に「名ばかり管理職」が違法という認識が薄かったのも事実。違法行為が企業イメージを悪化させる恐れをどう考えるか、判断が問われる。 ◇放置すれば健康守れず 金だけの問題ではない−−濱口桂一郎・政策研究大学院大学教授(労働法・労働政策)の話 「名ばかり管理職」について議論する際、まず人事処遇上の「管理職」と労働時間規制を外してもよい「管理監督者」は全く異なる概念だということを確認すべきだ。さらに、時間外手当さえ支給されれば問題が解決されると考えるのも正しくない。過重労働を放置すれば労働者の命と健康は守れないからだ。この認識のうえでなら、一定以上の年収がある社員の残業代免除という議論はありうる。お金の話は命や健康とは切り離して考えるべきだ。 ============== ■ことば ◇管理監督者と管理職 厚労省は通達で、管理監督者の要件として(1)経営者と一体的な立場(2)出退勤の自由(3)地位にふさわしい待遇−−などを挙げている。一方、労働基準法は残業などの時間外労働に対して割増賃金を支払うことを義務づけているが、管理監督者については適用を除外している。このため、単なる社内的職制である管理職を管理監督者と同一扱いし、店長などの肩書を与えて残業代を支払わない企業が続出した。厚労省が委託した06年の企業実態調査によると、課長クラスで7割以上、課長代理で4割以上が管理監督者として扱われていた。半数以上は出退社の自由はなく、残業代もゼロだった。 ============== ◆「名ばかり管理職」を巡る最近の動き◆ 1月22日 紳士服のコナカが元店長に残業代600万円を支払うことで労組と協定締結1月28日 日本マクドナルドの店長が残業代の支払いを求めた訴訟で、東京地裁が755万円の支払いを命じる判決2月 8日 播州信用金庫(本店・兵庫県姫路市)の元支店長代理が残業代支払いを求めた訴訟で神戸地裁姫路支部が同金庫に450万円の支払いを命じる判決3月21日 日本マクドナルドの元店長4人が残業代1720万円の支払いを求め東京地裁に提訴4月14日 紳士服のコナカの店長2人が残業代1284万円の支払いを求め労働審判申し立て4月18日 大津労働基準監督署が滋賀県守山市の県立成人病センターの医師十数人に残業代を支払うよう勧告5月 9日 SHOP99の元店長が残業代など450万円の支払いを求め東京地裁に提訴
低賃金を価格競争の原動力にする企業実態が背景にある。【東海林智、小倉祥徳】 ◇残業常態、手当なし/過重労働、命の危険も 未払いの残業代など約450万円の支払いを求め、「SHOP99」の経営母体「九九プラス」(本社・東京都小平市)を訴えた清水文美(ふみよし)さん(28)は、入社後わずか9カ月で店長にさせられた。清水さんが加盟する組合「首都圏青年ユニオン」が団体交渉したところ、会社側は店長職について、経営と一体的な立場にある「管理監督者」であると説明した。同社には800を超える店舗があり、正社員約1200人のうち800人以上が管理監督者になってしまう。 清水さんはアルバイトの日程が調整できない時は代わりを務め、連続勤務は最大で29日間に及んだ。24時間勤務を終え50分間休み、また24時間働いて、10分空けて17時間働いたこともあった。しかし、管理監督者という理由で、一般従業員の時に手取り月29万円だった給与は店長就任後21万円に減らされた。 「違法な仕組みが、いかに会社に深く根付いているか」。労働問題を中心に弁護活動を行っている日本労働弁護団の棗(なつめ)一郎弁護士は驚きを隠さない。 日本マクドナルドを巡る1月の東京地裁判決(同社は控訴)を受け、同弁護団が2月に実施した電話相談には5時間で100本の電話があった。入社2年目の19歳で管理職にされ、月60時間近い残業代が支払われなくなったケースや、「管理職候補」の肩書だけで残業代が支払われなかったケースもあった。 過重労働による健康被害も問題の一つだ。 マクドナルド裁判の原告で同社店長の高野広志さん(46)が声を上げたのは、過労死と家庭崩壊の危機感からだった。残業が月100時間を超え、「僕らが死んでもお葬式にも参列できないね」と息子に言われて言葉を失ったという。高野さんは「管理監督者だと思って頑張ったが、企業は残業代を払わないことを決めておいて、そこに理屈を当てはめただけ」と憤る。うつ病を発症した清水さんも「人を人として扱うとはどういうことか、根本的に考え直してほしい」と訴える。 厚生労働省によれば、06年度に過労自殺として労災認定された人は前年度比57%増の66人、過労によるうつ病も同61%増の205人に上った。過労による脳・心臓疾患の労災も335人(うち死亡147人)で、いずれも過去最多だった。会社の中核となる30〜40代が目立つが、これは「名ばかり管理職」が多い年代でもある。 政府は仕事と生活の調和を目指すワーク・ライフ・バランス(WLB)の視点から、労働基準法改正案を国会に提出した。時間外労働の賃金割増率(現行25%)を見直し、長時間労働の抑制を目指す。具体的には時間外労働が、45時間までは25%▽45〜80時間は25%以上(労使協議で決める)▽80時間以上は50%とする案だ。 ある大手産別労組幹部は「割増率の引き上げは長時間労働の抑制には効果的かもしれないが、企業側はますます名ばかり管理職を増やし残業代を免れようとするのではないか」と危惧(きぐ)する。 ◇企業、見直し消極的 支払い増で減益を懸念 マクドナルドを巡る東京地裁判決を受け、一部の企業は店長への残業代支払いや勤務形態の変更を行った。しかし、消費が低迷する中、人件費増への抵抗感は根強く、大勢にはなっていない。 紳士服チェーン「青山商事」は、4月から全国750店の店長と本社課長ら計936人に残業代を支給し始めた。全従業員の2割以上に当たり、社会保険料などを合わせた過去2年分の人件費約12億円も支払った。 コンビニエンスストア最大手の「セブン−イレブン・ジャパン」も3月から直営店の店長約500人に残業代の支払いを始めた。「待遇見直しは以前から検討しており、判決を受けた対応ではない」と同社は説明する。ただ、店長手当を半額程度に減らしたため、店長収入は従来とほとんど変わらないという。 一方、外食産業のロッテリアは「長時間労働を発生させない仕組みを検討する」として残業代は支払わない方針だ。勤務を法律に触れない形態に改め、人件費増を最小限に抑えるぎりぎりの線を模索している。 ある証券アナリストは「残業代の支払い増加で、利益が吹き飛ぶ企業も出てくる。待遇を見直せば商品に価格転嫁せざるを得ないのでは」と指摘する。しかし、企業側に「名ばかり管理職」が違法という認識が薄かったのも事実。違法行為が企業イメージを悪化させる恐れをどう考えるか、判断が問われる。 ◇放置すれば健康守れず 金だけの問題ではない−−濱口桂一郎・政策研究大学院大学教授(労働法・労働政策)の話 「名ばかり管理職」について議論する際、まず人事処遇上の「管理職」と労働時間規制を外してもよい「管理監督者」は全く異なる概念だということを確認すべきだ。さらに、時間外手当さえ支給されれば問題が解決されると考えるのも正しくない。過重労働を放置すれば労働者の命と健康は守れないからだ。この認識のうえでなら、一定以上の年収がある社員の残業代免除という議論はありうる。お金の話は命や健康とは切り離して考えるべきだ。 ============== ■ことば ◇管理監督者と管理職 厚労省は通達で、管理監督者の要件として(1)経営者と一体的な立場(2)出退勤の自由(3)地位にふさわしい待遇−−などを挙げている。一方、労働基準法は残業などの時間外労働に対して割増賃金を支払うことを義務づけているが、管理監督者については適用を除外している。このため、単なる社内的職制である管理職を管理監督者と同一扱いし、店長などの肩書を与えて残業代を支払わない企業が続出した。厚労省が委託した06年の企業実態調査によると、課長クラスで7割以上、課長代理で4割以上が管理監督者として扱われていた。半数以上は出退社の自由はなく、残業代もゼロだった。 ============== ◆「名ばかり管理職」を巡る最近の動き◆ 1月22日 紳士服のコナカが元店長に残業代600万円を支払うことで労組と協定締結1月28日 日本マクドナルドの店長が残業代の支払いを求めた訴訟で、東京地裁が755万円の支払いを命じる判決2月 8日 播州信用金庫(本店・兵庫県姫路市)の元支店長代理が残業代支払いを求めた訴訟で神戸地裁姫路支部が同金庫に450万円の支払いを命じる判決3月21日 日本マクドナルドの元店長4人が残業代1720万円の支払いを求め東京地裁に提訴4月14日 紳士服のコナカの店長2人が残業代1284万円の支払いを求め労働審判申し立て4月18日 大津労働基準監督署が滋賀県守山市の県立成人病センターの医師十数人に残業代を支払うよう勧告5月 9日 SHOP99の元店長が残業代など450万円の支払いを求め東京地裁に提訴