労基法違反の武田薬品、遠いメガファーマの道 (6/23)
急速なグローバル化の陰で社内にきしみ
大西 富士男 : 東洋経済 記者 東洋経済オンライン 2019/06/23 5:10
〔写真〕武田薬品工業のクリストフ・ウエバー社長のもとに、現場の声は届いているのだろうか(撮影:今井康一)
6兆円強の大金を投じて欧州製薬大手のシャイアーを買収し、売上高3兆円を超える世界9位のメガファーマに躍り出た武田薬品工業の足もとで、お粗末な労働基準法違反が発覚した。
2018年9月から今年5月までの9カ月間で、労働基準監督署から合計5件の労働基準法違反(是正勧告4件、指導1件)を指摘されていたのだ。
具体的には、東京・日本橋のグローバル本社において、労使間で結ぶ三六(サブロク)協定で定めた時間外労働の上限(月70時間)を超過したケースが2件あった(昨年11月と今年4月)。さらに、昨年9月には同じグローバル本社で、就業前後の時間外に勤務の実態がありながら賃金不払いとなっていた案件も1件発生し、東京の中央労働基準監督署から是正勧告を受けている。
労基法違反を繰り返したのに「ホワイト企業」
労基署の是正勧告を受けると、期日までに指摘された違反内容を改善したうえで、防止策などを記した是正報告書を提出することが義務づけられる。是正勧告は行政指導の一種で、罰金などの処分はない。ただ、改善がみられなかったり、違反を繰り返した場合などは、まれではあるが、検察庁に送検されるケースもある重い処分だ。
さらに問題なのは、とくに優良な健康経営を実践している企業に経済産業省がお墨付きを与える「健康経営優良法人」の認定を武田が受けていたことだ。
武田は、2019年2月に認定された2019年の大規模法人部門(ホワイト500)に選ばれた。これは大企業なら「取ってないとおかしい」というほどポピュラーな存在で、製薬関連企業で33社が取得している。大塚製薬や第一三共、エーザイ、塩野義製薬などが2018年にも認定されているが、武田は2019年からと遅かった。
しかし、労基法違反が発覚し、ホワイト500の認定を自主返上せざるをえなくなった。「労基法などの同一条項で複数回違反しないこと」という認定基準に抵触したからだ。武田の説明によると、4月末に2度目の是正勧告を受けたことを受けて5月のゴールデンウイーク明けに経産省に報告し、経産省との協議のうえ、6月5日に自主返上の手続きを開始したという。
従業員に子育てがしやすい労働環境などが整った企業を厚生労働省が認定する「プラチナくるみん」も取得済みだったが、ホワイト500と同様、こちらも自主返上の手続に入っている。
労基法違反が明るみに出たのは、法令違反事案の存在を認めた社内資料を基にした内部告発があったためだ。
経産省への内部告発は、会社が認めた前述の5件以外にも違法行為があると示唆したうえで、ホワイト500に申請する際に会社は「重大な労働基準関係法令の同一条項に複数回違反しているにもかかわらず、虚偽の内容で申請し、認定を受けました」と指摘している。
武田は内部告発のいう「虚偽」を完全否定
しかし、武田は「人事が社内調査を行ったうえで、ほかに重大な法令違反の隠ぺいや虚偽申請などの事実はないことを確認した」と内部告発を完全否定する。昨年11月の経産省への申請時点で労基署からの是正勧告はあったが、「同一条項で複数回違反」ではなかったため申請したという。その後、今年4月に2回目の是正勧告を受けたため、規程に従って認定の自主返上手続に入ったと説明する。
もし告発どおりだと、ホワイト500の申請は虚偽となり、自主返上では済まずに認定が剥奪され、最大4年間申請もできないペナルティーも課される。経産省は現時点では虚偽申請だと考えておらず、会社が言う通りの自主返上の手続きに入っているという立場だ。
それにしても、先進的なグローバル経営を標榜する企業の足もとで、なぜこのような事態が起きているのだろうか。
武田の広報担当者は「昔の武田では(労基法違反は)あったが、ここしばらくは減ってきていた」という。近年は違反をしないように社員にも厳しく指導がいくようになったことが違反減少につながった、というのが武田関係者の解説だ。武田の内部事情に通じた複数の業界関係者からも同じような声が聞かれる。
是正勧告を受けた社員やその上司らに聞き取りをした結果、武田の人事部門は「上司と部下のコミュニケーションの問題が主因」と判断しているようだ。上司は部下の仕事ぶりをみて、過重だと思えば、部下と話し合って上限を超えないように解決策を出す必要がある。一方、部下は早めの相談が求められるが、今回は両者間のコミュニケーションに問題があったというのだ。
ただ、この説明にはやや無理がある。複数の武田OBは、昨年春以降のシャイアーとの買収に絡むタフな交渉が社員の仕事量を増加させたのではないかと指摘する。労基法違反5件のうち3件がグローバル本社で起きていることも、その疑いを強める。
フレックスタイム制や「中抜け勤務」も柔軟に
2018年8月には生産性を向上させるために、これまで以上に働き方の柔軟性を増す制度を導入した。1日の標準勤務時間のうち最低でも2分の1以上は働かないといけなかったという設定をなくし、半日休暇を取得した場合でも残り半日にフレックスタイム制を利用できるようにした。
勤務時間中に病院や銀行に行くなどのプライベートな用事のために、勤務を短時間中断する働き方(中抜け勤務)も、上司の了解を得れば可能になった。在宅勤務に限らず、一定要件を満たせば、自宅以外でも勤務できるテレワーク制度も取り入れた。
ただこれは、従業員には使い勝手のよい制度だが、労働時間を管理する立場からいうと逆に難しい面を伴うものだ。
そこに武田をグローバル企業として脱皮させる、シャイアー買収という過去にない大型案件が重なった。グローバル本社に集う広報や経理、財務、法務、事業開発などの部門は、イギリスに株式を上場し、事業の本拠を置くシャイアーとの折衝が重なる。関係者が「季節労働」と口をそろえるように、時期ごとに訪れる仕事量の多い山がさらに高くなったうえに、柔軟な働き方導入により、労働管理やコミュニケーションの高度化が要求されるようになった。
5月24日にはグローバルHR日本人事室名の「【至急・緊急】時間管理におけるコンプライアンス順守の再徹底」、6月7日には「時間管理におけるコンプライアンス順守徹底に向けた私たちのコミットメント」と題した文書が日本国内の全従業員に送付された。
〔写真〕武田の国内部署のトップ18人が法令順守を訴えた(編集部撮影)
ともに法令順守の徹底を訴える内容で、「法令違反に抵触する事案が複数の事業場で再三発生しています。(中略)きわめて深刻な状況です」などと危機感をあらわにしている。
とくに後者は、国内部署のトップ18人が宣誓・署名する形をとっている。CFO(最高財務責任者)のコスタ・サルウコス、日本ビジネス部門トップの岩真人の各氏ら、武田の最高執行機関であるタケダ・エグゼクティブチーム(TET)メンバー数名を含む上位管理職が名を連ねている。
主要部門トップの連名で危機感を共有?
国内主要部門のトップが連名で従業員に法令順守などを訴えるのは武田では初めてのこと。危機感の醸成と共有が狙いだろうが、内部告発は「これはあくまでも労働基準監督署に向けたポーズであり、(中略)労基法違反について真剣に受け止めている、と見せかけるために送信されたメールである」と手厳しく批判している。
そして、最大の疑問はトップのクリストフ・ウェバー社長のこの件への肉声が武田の社内外に伝わってこないことだ。一連の問題について、トップがどのように考え、どのように解決していくかを聞きたいところだが、今のところウェバー氏は音なしの構えだ。
6月27日の株主総会では、議決権行使助言機関のISSが、ROE(自己資本比率)が低いことを理由にウエバー社長の取締役選任への反対推奨を突きつけている。
武田OB株主や創業家の一部からなる有志団体「武田薬品の将来を考える会」も、昨年のシャイアー合併反対に続き、今年の株主総会でも損失発生時に経営陣に役員報酬の返還などを請求できる「クローバック条項の定款への採用」「全取締役の個別報酬も開示」を株主提案している。
株主総会でウェバー社長はどんな説明をするのだろうか。
大西 富士男さんの最新公開記事をメールで受け取る(著者フォロー)