米労組復権、経済の転換期 (9/25)

米労組復権、経済の転換期
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO50126570U9A920C1TCR000/
グローバル・ビジネス・コメンテーター ラナ・フォルーハー
2019/9/25付日本経済新聞 朝刊

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米国を代表する企業であるゼネラル・モーターズ(GM)でのストライキは一大事だ。先週、GM工場で12年ぶりに実施された全米自動車労組(UAW)のストは、世界的に注目を集めたニュースで、米国で労働組合活動が復活していることを大いに印象づけた。

英航空大手ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)の操縦士による9月9〜10日のストは、米国ではそれほど注目されなかったかもしれない(もっとも、1700便の欠航をもたらし、顧客にもたらした苦痛は恐らくGMのストより大きかった)。だが、どちらの労働争議もグローバル企業にとっては人ごとではない潮流を示している。政治的、経済的な勢力として、労働者が生まれ変わっているのだ。

これが今起きている理由を推測するのは難しくない。米国では、過去数十年間にわたり労組は加入者数と活動の双方で衰退してきた。ただ、急激に拡大する格差や老後の不安(企業年金制度に加入している人は従業員の半数に満たない)、世界的な基準に照らすとお粗末な医療制度なのに増大する医療費、経済的に脆弱だという意識が高まるなか、大勢の人がうんざりし、労組が復権している。

イラスト Matt Kenyon/Financial Times
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イラスト Matt Kenyon/Financial Times
米連邦準備理事会(FRB)の2018年の調査によれば、400ドル(約4万3000円)の急な出費がある場合、米国人の40%はお金を借りるか何かを売らなければならない。5人に1人は医療用鎮痛剤「オピオイド」やその他鎮痛剤の中毒になっている人を知っている。今後の米国における景気回復は、健全な消費者にかかっているというが、現状を考えると、FRBが心配するのも無理はない。

多くの人は、高給取りの航空会社のパイロットや労組に加入している自動車工場労働者は恵まれていて、不満も取るに足らないはずだ、というだろう。一連の行動を、グローバル化と経済の「金融化」、さらに今度はデジタル経済によってほぼ一掃された昔ながらの労働運動の最後のあがきとみなす人さえいるかもしれない。だが、そうした見方は間違っている。

ストに参加しているのは、年配や白人や比較的恵まれた労働者だけではない。最近の組合加入者増加の背後には、比較的若く、人種や文化面で多様、かつ十分な仕事がない1980〜2000年代生まれのミレニアル世代が多くいる。

ファストフードや小売りなどの業界の低賃金労働者を組織化する運動「15ドルへの戦い」は数年前にニューヨークで始まり、全米に組織を拡大して重要な政治勢力になった。この運動を支える労組の一つ、国際サービス従業員労働組合(SEIU)は、20年の大統領選挙を目指す民主党候補全員に対し、サービス産業、そしてネットで単発の仕事を請け負う「ギグエコノミー」の労働者を組織しやすくする政策「万人のための労組」への支持を呼び掛けている。

一方、写真家や作家、グラフィックアーティストのようなホワイトカラーの専門職を対象とする労組「フリーランサーズ・ユニオン」も加入者数が伸び、政治的な影響力も増している。興味深いことに、この運動はリベラル派だけでなく、若手の保守派の間でも支持を得ている。年配の共和党支持者の間では、労組を支持する人の割合が4分の1程度なのに対し、ミレニアル世代の保守派の間では半数が支持している。

ミレニアル世代の多くは経済難にあり、記録的な数が親元で生活している。高騰した大学授業料の影響で膨大な学資ローンを抱えており、家を買う余裕がないためだ。こうした事情もあって、米国で労組の支持率は15年ぶりの高水準まで上昇した。現在の政治情勢と人口動態を考えると、これは今後しばらく続きそうなトレンドだ。

これは企業にとっては何を意味するのだろうか。短期的には、とりわけハイテク業界の利益は圧迫されるだろう。カリフォルニア州では、ライドシェアの運転手のようなギグエコノミーの労働者をフルタイムの従業員として扱う法案が最近可決された。米ウーバーテクノロジーズや米リフトといったライドシェア大手のコストは最大で30%膨らむ可能性がある。

こうした企業は新法を不当として争うが、そうすると世間体が良くない。現在の「知識」経済においては、企業価値の大部分は人的資本に根差している。これは、労働者の満足度合いと福利厚生は投資家にとっても重要な問題になる可能性があることを意味する。

運用資産が総額2500億ドルを超える労組系の年金基金と協力し、年金資産を運用する米CtWインベストメント・グループは昨年の暮れから、米グーグルやウーバーといったシリコンバレーの巨大企業を含む米企業30社での人的資本の管理について問題提起し始めた。

一方、市場そのものが資本と労働の力関係をリセットする仕事の一部を担うかもしれない。

主要20カ国・地域(G20)の大半で1980年代以降、労働分配率が低下してきた。にもかかわらずストがそれほど起きていない理由の一つは、この間に株や不動産などの資産価格が大幅に上昇し、一部の人の賃金低迷を相殺してきたからだ、と筆者はみている。

多くの米国人は過去の高いリターンに基づいて定年後の生活を試算してきた。だが、筆者が思うに市場は大きな転換点を迎えており、大方の人が老後の蓄えを預けているであろうS&P指数連動ファンドは今後数年、リターンが過去よりかなり低くなるだろう。

資産価格が崩壊し、リターンの低い時期が長引くと、迫り来る年金危機が最も重要な政策課題になる。そうなれば、我々はついに、あまりにも長い間、労働者よりも資本の利益を優先してきた経済モデルと向き合わざるを得なくなる。つまるところ、富の創造と富の分配は周期的に訪れるものだ。どこかの段階で、振り子はもう一方に振れなければならない。

FRBが最近実施した緊急の金融政策を考えると、我々は金融志向の経済から所得拡大が原動力となる経済へと転換する時期を迎えているのだと筆者は主張したい。これは米国経済の不安定性を減らし、より強固にする変化だ。これは労働者だけでなく経営者にとっても喜ばしいことだ。

(23日付) 

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