社会保険加入を勤務先から拒まれる労働者たち どんなケースがあるのか (12/3)

社会保険加入を勤務先から拒まれる労働者たち どんなケースがあるのか
https://mainichi.jp/articles/20191202/k00/00m/040/316000c
毎日新聞2019年12月3日 07時30分(最終更新 12月3日 07時30分)

〔グラフ〕国民年金加入者のうち会社に雇われている人の割合
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 働き方の多様化や高齢者の増加に合わせ、政府は勤め人が加入する社会保険(厚生年金と健康保険)に、就職氷河期世代に多い非正規労働者や中小企業で働くパートなど短時間労働者を広く取り込む方針だ。保険料負担が増す事業主の反対も根強いが、現状でも、保険料負担を避けたい事業主のもとで加入できない人がいる。制度の抜本的な見直しを求める声もある。【大和田香織】

負担避ける事業主側「週末に働けないなら」
「店が忙しい週末や祝日に出勤できないなら、社会保険に入らずに働いてほしい」

 関東地方で小学生3人を一人で育てる女性(36)は4月、勤務先の美容業の責任者からこう告げられた。今年度から、国民年金と国民健康保険に切り替えざるを得なかった。

 国民年金の保険料は事業主負担がない分、厚生年金と比べて負担の割に給付は下がる傾向にある。国民健康保険も事業主負担分がないことから保険料は健康保険よりも高くなるケースがある。

 昨年までは、休日も夫に子どもを任せて働いたが、離婚後は一人で家庭と仕事の両立に追われ、休日は働けなくなった。社会保険に加入しない代わり、時給は40円アップの900円に。しかし、子どもの病気やPTAの当番で休む日もあり、月の手取りは11万円程度にとどまる。

 児童扶養手当も受けているが、学童保育料や家賃を払うと余裕はない。国民健康保険の支払額は年間9万6000円と重いが、子どものけがや病気に備えて納付を続ける。国民年金は保険料全額免除を申請したが、免除期間の年金は半額になるため老後が心配だ。

 社会保険への加入義務が生じないよう店からは今も労働時間を月120時間未満に収めるよう厳しく言われ、開店前の掃除などは反映されない。「実労働時間を考えると、私も加入対象ではないか」と割り切れない。

〔写真〕会社との契約書の写しを見る女性。月間の出勤日数が実態よりも少なく書かれていた。職場では「社会保険に加入したくてもあきらめている人が多い」と話す=千葉県船橋市のなのはなユニオン事務所で2019年7月、大和田香織撮影

企業の「適用逃れ」をどう防ぐか
千葉県の食品製造工場で働く女性(46)は2013年にフルタイムで入社してから保険に加入できるまでに1年近くかかった。採用面接時には「社保加入」の意思を確認されたが、「本社の承認がまだ」などと待たされた。

 相談に行った役所の窓口で、労働条件を書いた契約書に、「月間の出勤日数12日以内」「社会保険の加入資格を満たさない勤務状況においてのみ有効」と記載されていることに気づいた。

 個人加盟の労働組合を通じて団体交渉した結果、会社は入社時にさかのぼって加入手続きをした。本人負担分の保険料約20万5000円は会社が立て替え、分割返済した。

 仕事はもともと繁閑の差があるが、早く帰宅するよう促されて収入が減る月もある。女性は「手続きや保険料負担を避けたいのでしょう。しかし、会社の都合で加入できないのは困る。国が適用拡大を進めるならば企業の都合で対象から外されることがないようにしてほしい」と話す。

〔写真〕厚生労働省が開いた「働き方の多様化を踏まえた社会保険の対応に関する懇談会」=東京都千代田区平河町の全国都市会館で9月2日、大和田香織撮影

 全国コミュニティ・ユニオン連合会の関口達矢事務局長は厚生労働省が開いた有識者会議で、非正規雇用や請負で働く人が置かれた現状についてこう報告した。「(病気やけがで休んだ時に払われる)傷病手当金が払われない、勤務先の企業が保険料負担を免れる目的で会社を分割しようとしたケースもあった」。加入を望んでいても、契約更新をしようとする時に不利になるとためらう人も珍しくない。

 関口さんは「企業規模など条件を変えるだけでは、事業主の適用逃れの問題は残る。制度への不信は消えないだろう」と話す。

 日本年金機構は保険の適用対象となる事業所で働く未加入者をチェックしている。従業員の加入資格を把握することは可能だ。18年度は9万2965件の事業所を調査し、3万8072人の適用漏れを加入につなげた。ただ全事業所を毎年調査するのは難しく4、5年に1度が実態だ。

副業・兼業の「働く時間」はどう反映?
働き方が多様化する中、副業・兼業やフリーランスを念頭に置いた制度の対応も手つかずのままだ。

 首都圏の男性(41)は障害者施設の非正規職員としても働きながら月数回、副業で通訳の仕事をしている。

 以前は運送会社に勤め、社会保険にも加入。施設の仕事に関心があり、13年から兼業で始めた。翌年には施設で働く時間が週20時間を超え、運送会社の仕事は週約2日に。会社側から「保険料を負担できない」と断られ、国民健康保険と国民年金に切り替えた。運送会社は18年3月に退社した。

 17年の制度改正により、中小企業の短時間労働者でも、週20時間以上など条件を満たせば社会保険に加入できるようになった。男性は施設の担当者に相談したところ、当初「週32時間以上の契約が条件」と応じなかったが、昨年、週30時間の契約で加入できた。

 男性は、将来の年金受給額のことなどを考えなければ施設で働く時間をあと少し減らして通訳の仕事を増やしたいと思っている。「収入を1カ所に依存しない働き方は今後広がると思うが、今の制度は、1カ所で長時間働いて保険料を半分負担してもらうか、自営業として高い保険料を自分で払うか、結果的に二者択一を迫っている」と首をかしげる。

非正規の兼業からは悲痛な声も
「はたらく女性の全国センター」(ACW2)が今年6月、兼業をする人にネット上で調査したところ、低賃金の人が長時間働いても、勤務先での保険加入が困難な状況がわかった。

 回答者121人のうち、本業の雇用形態はパート(46人)が最多。税込み年収は200万〜249万円(26人)、150万〜199万円(22人)の順に多く、兼業の理由は73人が「生活できないから」を選んだ。

 労働時間は、一般的なフルタイムに相当する週40〜45時間(45人)、次いで50時間以上(24人)で大半を占めた。年金加入状況は厚生年金・共済年金が57人、国民年金(第1号)が48人。扶養される国民年金第3号は11人だった。

 結果を分析したノンフィクションライターの飯島裕子さんによると、非正規雇用の兼業でも社会保険に加入できるよう望む声に加え、サービス業では「店の都合で働く時間を減らされる」という記述もあった。

 兼業でも、それぞれの勤務先で条件を満たせば社会保険に加入できる。しかし、複数事業所の労働時間を合算して加入条件を満たすことはできないため、労働時間は長くなりがちだ。企業側も年金事務所の手続きが煩雑だ。飯島さんは「今の制度は実態に合わないのではないか。加入要件にある労働時間の規定をどうするのか、根本から見直しを」と話す。

働き方で区別しない制度を
国民健康保険や国民年金はもともと、土地や設備など生産手段を持ち、老後に自分で備える自営業や農業を想定していた。だが、国民年金に加入する就業者を見ると、非正規雇用の増加に伴い、雇われて働く人が約4割を占める=グラフ(国民年金被保険者実態調査より)。

 日本総合研究所の山田久副理事長は「非正規雇用は増加したうえ、中身も多様化している」と指摘する。

 就職氷河期世代を中心に、非正規でも世帯の生計を担う人が増えた。ウェブを通して単発の仕事を請け負う「ギグ・エコノミー」の進展で、正社員が担ってきた仕事の一部を外部に切り出すのが容易になった。社員とフリーランスとの代替も進む。「労働力不足とはいえ、社会保険料の負担が増す企業には、より低コストの労働力に振り替えたい力が働くだろう」と見る。

 さらに山田さんは「日本の制度は自営業と被用者とで大きな差があるが、双方を行き来する人は増えている。働き方で区別する年金制度が世界の標準というわけでもなく、一部のフリーランスは発注者にも保険料の一部負担を課すドイツの例や、年金制度を一元化したスウェーデンの例もある」と指摘する。

ことば「社会保険の適用拡大」
雇われて働く人が対象の社会保険(と厚生年金と健康保険)で、加入義務づけの条件となる企業規模や労働時間、収入などの範囲を広げ、加入する労働者を増やしていく政府の政策。2016年10月からは、従業員501人以上の企業では労働時間が週20時間以上、月収8・8万円(年収換算106万円)以上で加入が義務づけられた。17年4月からは500人以下の企業も労使の合意があれば加入できる。保険料は労使で折半する。
 

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