5年で1.8倍! 派遣社員を選ぶシニアが急増する理由 (1/20)

5年で1.8倍! 派遣社員を選ぶシニアが急増する理由
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五嶋正風2020.1.20 08:00週刊朝日#仕事#働き方

〔写真〕リクルートスタッフィング大塚綾乃氏
〔写真〕高齢社 緒形憲社長
〔写真〕東京大学先端科学技術研究センター講師 檜山敦氏

 派遣社員という働き方を選ぶシニアが増えている。国の調査によれば、60代後半の派遣社員は、2012年から17年にかけて1.8倍に増えた。人生100年時代と言われ就労期間が長くなっていくなか、派遣社員という働き方の何がシニアに受けているのだろうか。

 冒頭述べたとおり、国の就業構造基本調査によると、65歳から69歳の派遣労働者は、2012年に3万7100人だったものが17年には6万8600人になった。実に1.8倍に増えている。

 60歳以上のシニアの派遣事業を手がける会社の盛況も、こうしたデータを裏付ける。シニアのプロフェッショナル人材の派遣を展開するリクルートスタッフィングでは、企業とマッチングできた60代以上のシニアの人数が、18年から19年にかけて前年同期比で1.8倍に増加。シニア対象の求人案件は倍増となっている。

「働きたいシニアが増える一方で、企業は人手不足となっている。求めるスキルや経験を満たしていれば、企業側も年齢を気にしない傾向が強まってきています」と、事業を手がける同社エンゲージメント推進部部長の大塚綾乃氏は話す。

 シニアの派遣を専ら手がける高齢社では、5年前には250〜300人くらいだった派遣社員が、現在は約430人に増えた。

 創業者が東京ガス出身ということもあり、ガス器具フェアやマンション内覧会への派遣など、東京ガス関連の案件が3分の2を占める。だがそれ以外の仕事も、駐車違反対策のための家電修理の車への同乗、早朝を中心としたレンタカー会社の受付といった案件が増えてきているという。

 ここからは派遣社員という働き方のどういう面がシニアに受けているのか、実際に働く人のエピソードを交えつつ紹介していこう。

 働くシニアにとっての派遣社員の評価ポイントその1は、自分に合った、柔軟な働き方ができることだ。

 高齢社の派遣社員、関美保さん(66)は、19年4月からガスを使った給湯、発電システムの修理や点検をする会社で、週3日働いている。担当は電話受付で、顧客からの修理や点検依頼に対応している。

 関さんの前職は東京ガス系の地域会社で、ガスの開閉栓、ガス機器の販売修理などを担う東京ガスライフバルだった。40代から60歳までは正社員、そこから65歳までは契約社員としてフルタイムで働いた。ショールームでの店頭接客や総務部門などを経験した。

 ライフバルでは65歳までしか働けなかったため、18年、高齢社に登録し、現在の仕事を紹介された。

 関さんが週3日勤務にしたのは、若いころから打ち込む卓球との両立を図るためだ。40代や50代のころには何度かアマチュアの全国大会に出場したほどの腕前で、現在も週に3日は練習している。

 もう一度全国大会に出場することを目指し、コーチも雇っている。「コーチ代を夫に出してもらうわけにはいきませんからね」と、働き続けたい理由を話す。趣味に打ち込めるのも“軍資金”があればこそ、なのだ。

 さらに関さんは、障害者スポーツの指導員資格も取得。目の不自由な人の卓球で、審判や指導をすることをライフワークにしたいと話す。

「フルタイムで働いていたときにはできなかったことに、いろいろ挑戦していきたい」(関さん)

「当社の場合、大半のシニアが週3日程度の勤務にしています」と、高齢社の緒形憲社長は話す。趣味や社会活動との両立や体力を考えると、シニアには、そのくらいがちょうどいいのだという。

 リクルートスタッフィングにもフルタイムではない契約の人はかなりいるという。朝は早くてもいいから時短で働きたい、個人事業主だが社会との接点を求めて派遣社員もしたい、ただし週数日で、といったケースだ。

 東京大学先端科学技術研究センター講師で『超高齢社会2.0』を著した檜山敦氏はこう解説する。

「シニアの求める働き方には、職務や勤務地、労働時間が無限定のメンバーシップ型正社員よりも、それらが契約で定められる、ジョブ型の派遣社員が適している」

 檜山氏は11年、千葉県柏市で開催された、高齢者の就労をテーマにしたセミナーに集まったシニア約200人にアンケート調査を実施したことがある。働く目的や何を重視するかなどを聞いたのだが、「健康のため、友達作りのため、新しい経験をしたい、社会に貢献したいなど、回答は実に多様でした」(檜山氏)。

 そして働きたいときに働け、休みたいときは休めるというように、柔軟な働き方を求めていることもわかった。

 そこで檜山氏はICT(情報通信技術)を活用してシニアの柔軟な働き方を支援するアプリを開発、実際に使ってもらう研究などに取り組んでいる。

 ジョブ型雇用の派遣社員は、職務内容や労働条件を契約でしっかり決められる。そのため責任の範囲が明確、限定的になるというのが、派遣という働き方のメリット、その2だ。

 高齢社の派遣社員、大石美代子さん(65)はライフバルのショールームで接客担当として働いている。60歳までは9年ほど別のライフバルでパート社員をしていたが、接客のほか伝票の入力作業なども担当していた。「仕事を覚えるにつれて、どんどん残業も増えていきました」と、当時を振り返る。

 最後の半年間は、午後7時を過ぎてさあ帰ろうと思ったら新しい仕事を頼まれて、そのまま9時まで残業という日が度々続いたという。

 このままではキツすぎると感じた大石さんは、引っ越しを機にそのライフバルを退職、しばらく別の仕事をしていた。そこでの「やり方はわかる人に電話で聞いて」というような、上司のぞんざいな対応に嫌気がさし、高齢社に登録して、再びライフバルの仕事に戻ったのだった。

「今回は契約で職務内容をしっかり取り決めているので、パートのときのようなことにはならない。定時の5時半できっちり退勤しています」と、大石さんは笑う。

 前出の関さんも、ライフバルで正社員として働いていたころは、あの件はどうなっているか、あの人は大丈夫かと、職場のいろいろなことが気にかかっていたという。「でも今は、与えられた電話受付という役割をしっかり果たそうと思っています。責任の範囲が限定されて、働きやすいですね」

 責任の範囲が明確になるからこそ、仕事以外の趣味や社会活動にも、しっかり向き合えるようになるのだろう。

 シニアにとっての派遣という働き方の評価ポイントその3は、知り合いの伝手やハローワーク経由では、なかなか発見できない会社に出会えるという点だ。

 リクルートスタッフィングの派遣社員、花島孝功さん(69)は、あらゆる実務に通じた“企業法務のプロ”で、現在はとあるベンチャーで法務関係の仕事をしている。

 若いころは司法試験を目指していたが、34歳でその道はあきらめ、法律事務所や外資系金融会社、債権回収会社などを経て、51歳から60歳までは、大手医薬品卸会社の法務部門で働いた。

「会社法や個人情報保護法、独占禁止法、金融商品取引法など、企業に関するいろいろな法律の制定や改正が進められた時期で、それらに対応する実務を幅広く経験できた。ちょうどいい時代に法務部門にいました」と花島さん。

 医薬品卸会社の定年後は業界団体の事務局長に就任。65歳まで働き、貸しビル運営会社の総務部長へ転じたが、3カ月で辞めた。社長の経営姿勢に共感できなかったのだ。

「こんな状態で自分のキャリアを終えたくない」と思った花島さんは、ハローワークなどを活用して自力で就職活動を進める一方、リクルートスタッフィングにも派遣登録した。まだまだ自分の力を生かせる会社はあると思ったからだ。

 いったん、ハローワークで見つけた貸会議室運営会社の法務部門に、契約社員として入った花島さん。だがここでも、社長の経営姿勢に今ひとつ賛同できなかった。

 そうこうするうちにリクルートスタッフィングから、食用油を扱う大手食品メーカーを紹介された。こうして花島さんは18年4月から、同社の法務部門で働き始めた。

 同社で働いた印象について花島さんは、「面接では皆さん表情がよく、安心感を与えてくれた」と振り返る。働き始めて、社員が会社を信頼し、自分の仕事にやりがいを感じていることを実感できた。「それが面接でのいい表情に表れていたのだとわかりました」

 司法試験に合格して退職すると思われていた前任者が復職したため、花島さんは7カ月で契約満了となった。

 自力での就職活動では書類選考の段階で不合格となることも多く、花島さんは年齢の壁を感じていたという。

 だが派遣会社が介在することで、営業担当者は派遣先候補企業の人事に、履歴書には書ききれない経験の幅広さや、人となりを伝えることができる。

 こうした働きが、自力での就職活動ではなかなか巡り合いにくい会社と、シニアがマッチングされることにつながるのだろう。

 リクルートスタッフィングでは、それまでの経歴からは意外とも思えるようなマッチングも実現している。金融機関で融資や営業、人事などを経験したシニアが、大学のキャリアカウンセラーに派遣されている例がある。

 営業や融資で培われた傾聴力が、学生の就職相談にも生かせると判断されたのだという。

 自分では気づきにくいような、思わぬ派遣先とのマッチングを実現するために大切なのは、「これはずっとやってきた、誰にも負けないといった、自分なりの強みをしっかり言語化しておくことです」と、前出のリクルートスタッフィングの大塚氏は話す。

 そこを明確に派遣会社側に伝えられれば、派遣会社に寄せられている多数の案件から、意外なマッチングが見いだされる可能性が高まるということだろう。(ライター・五嶋正風)

※週刊朝日2020年1月24日号より抜粋

 

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