◇残業なし。時間は家族、自分のために
東京スカイツリーのお膝元、東京都墨田区のゴム製品専門商社「小菅(こすげ)」。午後5時半、終業チャイムが鳴ると社員が筆記用具やゴム印を引き出しにしまい、パソコンの電源を切って先を競うように帰っていく。職場に遅くまで居残る文化はない。定時退社するのが暗黙のルールだ。
営業本部のグループ係長、浅原美紀さん(34)は高卒で入社し、2年前に同僚と結婚した。夫は午前8時から午後4時半の勤務で、将来子どもができたら保育園に送るのは自分、迎えに行くのは夫の担当になるだろう。入社当時は残業があり、今より給料が高かった。「体は今の方が楽。仕事に見合った給料なので満足です。ただ子どもがいないので、がっつり働いて残業代をもらえるのもいいかな。難しいですね」
別のグループの係長、鳥谷部君江さん(52)は「毎月の手取り額は減ったが断然今の方がいい」と話す。一人娘が3歳の時に夫と死別し、実家の助けを借りて仕事と家庭を両立させてきた。残業ゼロはありがたい。「賞与も出るし、ぜいたくをしなければ生活には困らない。着付けを習い、区の勉強会にも参加していますよ」
小菅の社員は全員正社員。年齢も18歳から70代半ばまで幅広い。年齢・学歴不問、未経験者中途採用、出産退職者の再雇用もある。
会長の小菅崇行さん(62)が約20年かけて働き方を変えた。入社した70年代は連日夜9〜10時まで残業し、休日は接待ゴルフ。そこに違和感を抱いた。「人生働くだけ?」
45歳で社長を継ぎ、拡大路線から「身の丈の経営」にかじを切った。残業をさせて売り上げを伸ばすより、社内の無駄をなくし、長時間労働をしなくても利益が出る仕組みを作った。すると、社員が時間内に仕事に集中し、結果的に収益が上がった。
勤務時間内でも資格取得のための通学やセミナー参加を認める。「過去に求人もしたが、中小企業は見向きもされなかった。それに、数回の面接や筆記試験で人物は分からない。舞台を用意し、入社してから能力を伸ばしてもらう」と小菅さん。
それでも経営が傾けば社員に無理を強いるのでは? 「収益を確保しながら社員に気分良く働いてもらうのが経営者の知恵。会社だから利益は確保するが、お金もうけは目的ではなく手段でしょう? 大切なのは社員や関係者が幸せになることで、従業員を『コスト』と捉える今の風潮は好みません」
ソフトウエア開発会社の「アルス」(東京都目黒区)は「1カ月の夏休みと2週間の冬休みを取れる」をうたう。88年、日本IBMから独立した児玉民行(こだまたみゆき)社長(69)が「働きやすさ」を柱に設立。目玉は年間30日の有給休暇と勤続5年で半年間、10年で1年間取れるリフレッシュ休暇だ。最大5年の育児休業もある。
公休と合わせて夏20日、冬10日の有休を取得すれば「1カ月の夏休みと2週間の冬休み」が実現する。ただし実践しているのは児玉社長1人。社員の例年の平均有休取得日数は20日前後という。
社員の遊佐尚美(ゆさなおみ)さん(28)=千葉県柏市=の有休消化率はほぼ100%。夏と冬は10日ほど連休を取り、娘の予防接種や平日休みの夫と予定を合わせるのに有休を充てる。娘の病気の時には、有給とは別に年20日ある看護休暇を使う。「有休を夏と冬に使い切るのは勇気がいる。休んでも家族や友人と休みが合わない。今の休み方が一番便利です」
児玉社長は「『働きやすさ』が僕の大きな夢だった」という。IBM時代にイギリスで働いた時、病気や家探しに有休を充てようとして「それは休暇ではない。社会生活のために必要な時間だ」と怒られた。「休むためには上手な働き方と自己管理力が必要。決して『休む=仕事をしない』ではないんです」
いろいろな生き方と働き方があり、それぞれに合わせて「休む仕組み」を用意した結果、社員は「働きやすい」と感じてくれた。「ようやく時代が(僕の考えに)追いついてきた」
◇
懸命に生きる30歳世代を追う「リアル30’s」。第4部のテーマは「新しい仕組み」です。どうすれば生きやすく働きやすい社会になるか、小さな試みを紹介しながらみなさんと一緒に考えます。【鈴木敦子、中村かさね】=つづく
==============
◇意見、感想お寄せください
郵便は下段の宛先に、メールはページ上部のアドレスに「リアル30’s」と明記してお送りください。ツイッター(@real30s)でも受け付けます。転載可能なツイートにはハッシュタグ#rt_30を付けてください。