読売新聞「論点」 「まともな仕事」 労働時間まず適正化 森岡孝二

読売新聞 2013/06/14
                   
2008年のリーマン・ショックをきっかけに、大学生の就職難が深刻化し、「就活自殺」の増加が取り沙汰されるまでになった。この2、3年は、若者の間で「過労自殺」も急増している。

1日十数時間も働かせてまともに残業代を払わない、あるいは大量に採用して乱暴に使い捨てる会社も増えてきた。学生たちは、そういう悪質な会社を、できれば入りたくない会社という意味を込めて、「ブラック企業」と呼んでいる。

なぜ、こんなひどいことになったのだろうか。

長期的にみれば、若者の間でパート、アルバイト、派遣、契約社員などの非正規労働者が大幅に増えたことが背景にある。

総務省の「労働力調査」で1988年2月から2013年1〜3月までの変化を見ると、在学中を含む15歳から24歳の若年層では、正規労働者は512万人から221万人に減少し、非正規労働者は106万人から224万人に増加している。

この期間、非正規労働者の比率は、全年齢で18%から36%へと倍増している。だが、若年層では、17%が何と3倍の50%に高まっている。平たくいえば、若者の間で非正社員があまりに増え、正社員の数が大幅に減ったのだ。

それだけでなく、正社員の身分が不安定になり、新卒の新入社員がひどい条件で働かされるようになったのである。仕事がきつくて入社2、3年で半数近くが辞めていく会社も少なくない。にもかかわらず、代わりの労働者を簡単に雇用できるために、ひどい働かせ方に歯止めがかからないという状況もある。

ところで国際労働機関(ILO)は、働き方に関して、加盟国に「ディーセントワーク」の実現を呼びかけている。ILOによるとディーセントワークとは、「権利が保護され、十分な収入を生み出し、適切な社会的保護が与えられる生産的な仕事」のことである。

政府は、「働きがいのある人間らしい仕事」と訳しているが、つまりは「まともな仕事」という意味であり、筆者はそう訳すべきだと考えている。そして、若者たちを守るためには、ひどい働かせ方を排除し、政労使が一緒になってまともな仕事にしていくことが必要なのである。

まともな仕事には、「雇用」「賃金」「労働時間」の3要素がある。日本ではこのうち、雇用の創出のためにも、まともな「労働時間」の実現が最も急がれるだろう。

例えば、時短を望んでいるのに過労死しそうなほど長時間働く者がいる一方で、もっと長く働きたくても、仕事がないか、あるいは短時間しか働けないパート労働者がいる。さらには、規則正しく働きたいのに不規則な労働時間を強いられている者もいる。労働時間の在り方を見直すことにより、こうした矛盾を解消するのである。

国連社会権規約委員会はこのほど、日本政府に対して、過労死防止について法的措置を講じるよう勧告した。若者を働きすぎと貧困から守ることを、雇用主任せにしてはならない。
 

関西大教授、大阪過労死問題連絡会会長。専門は企業社会論。著書に「働きすぎの時代」「就職とは何か」など。69歳。

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