毎日社説:雇用規制緩和 本筋に戻って議論を

毎日新聞 2013年10月20日 02時31分

 政府は一定の条件を満たす企業を対象に導入が検討されていた解雇ルール緩和を見送ることを決めた。各方面からの批判を受けた「解雇特区」の断念は当然だ。期待される効果の割に弊害が多い奇策は雇用現場をすさませるだけだ。成長戦略は大事だが、増え続ける非正規雇用と長時間労働を強いられている正社員をどうするかが雇用の中心的課題ではないか。本筋に戻った議論を期待したい。

 「解雇特区」は外国人従業員の比率が一定以上の企業か、開業5年以内の企業に対して解雇ルールなどの規制を緩和するもので、弁護士など専門資格を持つ人が対象だった。企業にとっては解雇をめぐる紛争を心配せず新規採用ができるといわれたが、外資系企業や創業間もないベンチャー企業はもともと終身雇用の慣行がなく、弁護士などは雇用主に対する交渉力もある。雇用分野の規制緩和策が労働側の反対で進まず、成長戦略の目玉を作るために苦し紛れにひねり出したとしか思えない。

 成長戦略という面から見れば、規制緩和を必要としているのは業種転換が難しく余剰人員の整理ができない既存の大企業であり、その対象は総合職の正社員だ。労働契約法は「合理的な理由のない解雇は無効」とし、業績悪化による解雇の場合にも厳しい要件が企業に課せられている。「解雇特区」は法規制に抵触しかねない解雇を行っている一部企業にお墨付きを与えるに過ぎない。

 最近の我が国の失業率は4%前後という低水準を維持しており、高い失業率に苦しむ欧米諸国からすれば夢のような数値であろう。しかし、雇用されている人全体の4割近くを占めるまでになった非正規雇用の増加が失業率改善の主要因であり、肝心の正社員は減り続けている。働く人々の経済難や生活不安が改善されているわけではないのだ。

 政府は「解雇特区」を見送る一方で、最長5年となっている有期雇用の契約期間について「10年以内への延長」を目指す。今回は見送った「ホワイトカラー・エグゼンプション」(労働時間規制の緩和・適用免除)についても導入に向けた意見がくすぶっている。非正規雇用の増大や正社員の長時間労働に拍車をかけることにならないだろうか。

 雇用規制を緩和するのであれば金銭補償や生活支援の普遍的なルールを定め、再就職に向けた職業訓練や職業紹介をもっと実効性のあるものにしなければならない。実際、一部の中小企業では金銭補償がない解雇が横行しており、社員を使い捨てにする「ブラック企業」などもある。労働側も規制緩和に反対するだけでなく、現実的な改善に向けた議論に乗ってはどうか。

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