【毎日新聞】- 2013.12.20
政府が来年の通常国会に提出を目指す労働者派遣法改正案は、今まで一部の例外を除き「最長3年」とされていた派遣労働者受け入れ期間を大きく緩和す る内容だ。3年ごとに人を代えれば、企業は同じ職場で派遣労働者を使い続け ることができるため、正社員から派遣への「置き換え」が進むことが懸念され ている。
●企業の都合で転々
愛知県田原市の大手自動車系部品メーカーで、期間契約社員として働く木下 康春さん(48)は、かつて派遣として働いていた時、リーマン・ショック(2008年)と東日本大震災(11年)の影響で、2度も職場を追われた。
長野県の工業高校を卒業後、大手電機メーカーの正社員などを経て、01年から前橋市の自動車メーカーの子会社で派遣労働者として働き始めた。時給は約1000円。以降1〜2年周期で群馬県の工場などを転々とした。
「派遣は単純作業ばかりで給与も上がらない。でも、生きるためにやるしかなかった」 木下さんら派遣労働者に大きな衝撃を与えたのがリーマン・ショックだった。 日本経済の屋台骨を支える製造業が苦境に陥り、多くの企業で派遣切りが横行。木下さんも、派遣期間満了前にもかかわらず、派遣先の電子部品メーカーを解雇された。「この先どうすればいいのか」。不安に襲われた。
10年7月、別の自動車部品メーカーで再び派遣の仕事に就いたが、翌年に震災が発生。1カ月後の11年4月、100人超の派遣労働者全員が契約期限で雇い止めとなった。
12年2月に今の仕事に就き、ようやく派遣から抜け出したが、契約が切れ る再来年以降の仕事は白紙だ。「派遣に戻るしかないかも」。不安は尽きない。
●「常用代替」可能に
法改正は派遣労働者や企業にどんな影響をもたらすのか。
現行制度では、同じ職場で派遣労働者を受け入れる期間は、通訳やアナウンサーなどの例外を除き「最長3年」に制限している。3年を過ぎてまだ仕事があるのは、その仕事は恒常的なものと考えられるため、「一時的な業務」を請け負う派遣労働者ではなく、正社員に任せるべきだ、という考えからだ。これを「常用代替防止」という。
だが法改正されれば、企業は労働組合などの意見を聞けば、3年ごとに人を交代させることで、同じ業務をずっと派遣労働者に任せることが可能になる。「常用代替防止」のルールが大きく変わってしまうのだ。
●技術継承に不安
派遣ユニオン(東京都渋谷区)の関根秀一郎書記長は「本来は正社員に任せるべき仕事で派遣労働者への置き換えが進み、派遣社員が急増するのでは」と危機感を隠さない。
派遣労働者の雇用環境は正社員に比べ不安定で、賃金も安い。法改正されれば、激しい国際競争にさらされる企業は、新卒採用などで正社員を減らし、派遣労働者などの非正規雇用を増やす可能性が高い。賃金の高いシニアの正社員に対するリストラを加速し、若手の派遣社員を増やす流れも強まりかねない。
確かに、企業側からみれば、正社員を派遣労働者に置き換えれば人件費を抑えられるため、短期的なメリットは大きい。
だが、製造現場を渡り歩き、派遣労働者が増えていく多くの職場を見てきた木下さんは「ものづくりの技術がきちんと継承されず、日本経済の根幹が持たなくなってしまう」と指摘。NPO法人POSSE(東京都世田谷区)の今野晴貴代表も「企業が『派遣はいつでも切れる』と考えて無責任経営に陥り、長期的視野での経営ができなくなる」と語る。
●正社員にも影響
総務省の調査によると、12年の派遣労働者は90万人で、非正規雇用全体の5%に過ぎない。だが、今回の法改正は、派遣労働者だけでなく、正社員も含む労働者全体の働き方に大きな影響を及ぼす恐れがある。雇用形態にかかわらず、すべての労働者が安心して働くことができる制度構築が求められる。
【太田圭介】=毎月第1、3金曜日に掲載。次回は1月17日です。