強引で、卑怯――労働者派遣法改正案作成の過程でも

 萬井隆令 (民主法律協会会長、龍谷大学名誉教授)

                   
 安倍内閣による雇用法制改革は、利潤追求を究極の基準とする私企業の利益代表である日本経団連の提言をそのまま政府案に盛り込んでおり、国民全体の利益を図る政府という区別を、建前だけでも重んじようとする姿勢が窺われない。その行方に多くの危険を感じるが、内容だけでなく、そのやり方に不審な点がある。一言で言って、強引で、卑怯である。

 最近、特にそう感じたのは、派遣法改正作業を行なっている労働政策審議会労働力需給制度部会の昨年12月12日の会議についての新聞報道を読んだ時である。報道によれば、同部会に公益委員が持ち出した「答申案」に、有期契約で雇用されている場合、派遣先について同一業務への派遣受入れは3年を上限とすることを原則とする、但し、派遣先の従業員の過半数代表の意見を聞いた場合は、さらに3年延長できる、それを繰り返すことも認める、としているという。

 経過を振り返っておく必要があろう。労働政策審議会は、今後の労働者派遣の在り方研究会(座長・鎌田耕一東洋大教授)が8月20日に提出した『報告書』をたたき台として審議に入った。その『報告書』では、有期契約の派遣労働者の派遣は上限3年、但し、「事業所における労使の会議等の判断により……継続的受入れ……の可否を決定する」という微妙な、はっきり言えば、何を示唆しているか明確でない、研究者らしくない表現であった。しかし、「労使の会議等の判断」に「労使のチェック」を期待しているからには、それは過半数代表が合意して初めて結ばれる労使協定あるいは、現行の裁量労働制を採用する際に求められる労使委員会の5分の4以上の多数による決議(労基法38条の4)と一般には理解されてきた。

 それとて、現在の労使関係の実情に照らせば、そのような協定や決議ができ上る可能性は高く、したがって派遣の永続化が危惧された。しかし少なくとも、過半数労働者の代表の意見を聴きさえすれば、その意見が反対であっても差し支えない、という程、緩やかな要件とは考えられてはいなかった。だからこそ、年末26日の審議会では連合の代表ばかりではあったが、労働者側委員が反発して採択されず、持ち越しとなったのであろう。

 しかし、その「答申案」を提案した労働力需給制度部会の部会長は鎌田耕一東洋大教授、つまり、在り方研の座長と同一人物。在り方研の座長として行なった『報告』の当該部分を全否定するに等しい内容の提案を、同一人物である鎌田氏が労働政策審議会労働力需給部会の部会長として提案することに何らの躊躇いもなかったとは考え難い。そこには、相当程度以上の強力な働きかけ、プレッシャーがあり、それに鎌田氏は屈した(「屈した」が失礼であれば、「渋々、同意した」)、と推測される。そういう経過も事情も承知の上で厚生労働省が「働きかけ」をしたのは”強引”という以外にあるまい。

 ところで、考えてみると、その在り方研は厚生労働省職業安定局派遣・有期労働対策部長が設置した研究会であって、その『報告書』は厚生労働省の意向が充分に反映されている、とみるのが常識である。とすると、厚生労働省は、あえていえば、心ならずもそのような「働きかけ」をする役を割り振られた、とみられる。

 割り振った主役は当然、安倍首相とその周辺、それを促した財界ということにならざるを得ない。首相から見れば一つの省に過ぎないとはいえ、厚生労働省にそういう役を振り当てるとは、やはり”強引”というべきであろう。

 ここまでは”強引”の問題。ところが考えてみると、それは”卑怯”でもある。

 秘密保護法を押し通した今の国会の勢力図からすれば、厚生労働省から閣議決定を経て派遣法改正案が国会に上程されたとしても、自民・公明が結託すれば、法案の一部修正くらいは簡単にできる。派遣期間の延長を労使委員会の決議によることとしている法案を、労働者代表の意見聴取だけで済ませるように修正することは充分可能なはずである。今回、政府としては厚生労働省の顔を一応、立てておいて、自民党からの修正提案によって国会の場で修正する、そうすれば、内閣としては穏当な手続きであり、政府としての責任を回避できるのに、何故、そうしなかったのか。

 私の観測によれば、そうなると、修正の経過が公然としたものとなり、修正提案をした議員およびその所属政党である自民党は悪名を被ることになる。それを予め法案の準備の段階で、誰がやったのか判らない形で思い通りのものにしておいて、国会における修正といった公然とした行動は避けたかった。安倍晋三・自民党総裁とその周辺はそこまで配慮した。それは邪推なのだろうか。国会のような場では常道ないし上策として評価され、”卑怯”とは言わないのだろうか。

 いずれにせよ、そのような派遣法改正案が国会で可決成立するようだと、派遣元に無期雇用される労働者の派遣には期間の制限はない、政令指定業務と自由化業務の区別も取り払うから業務の性格による制約もなくなる、そして有期雇用の労働者についても労働者の意見聴取だけで派遣の更新、その繰り返しが可能ということになれば、日本においては派遣はほぼ完全に無制約に永続化されることになる。それで良いのか。

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