毎日新聞 2014年04月24日
安倍晋三首相は労働時間などの規制緩和を検討し6月にまとめる成長戦略に盛り込む意向を示した。雇用の柔軟性を高めることは賛成だが、経済財政諮問会議などに提示された案は懸念される点が多い。「柔軟な働き方」を名目に賃金カットや失職に追い込まれてはかなわない。
労働基準法は「週40時間、1日8時間」を法定労働時間と定め、役員や一部の管理職を除いて残業や休日勤務に割増賃金を支払うことを企業に義務づけている。この労働時間規制の対象外に「高収入型」と「労働時間上限要件型」の社員を加えるのが今回の案だ。
「高収入型」は年収1000万円以上の社員で、賃金は労働時間に関係なく成果に応じたものにする。第1次安倍政権が導入を目指した規制緩和策とほぼ同じ内容だが、当時は「残業代ゼロ法案」などと批判され断念した。「労働時間上限要件型」は年収に関係なく、柔軟な労働時間を望む子育てや介護をしている女性などを想定しているという。
今の雇用現場の課題は、賃金の低い非正規の増加と正社員の長時間労働で、第1次安倍政権時より状況は一段と深刻だ。過労死や残業代不払いも横行している。今回の案では本人の同意や労使の同意が前提だが、立場の弱い社員はどこまで自己主張できるだろうか。成果を出すことを迫られ、残業代なしで長時間労働する社員が増えるのではないか。
そもそも「成果」とは何か。正社員が少ない職場では、会社の都合に応じて突然の出張も残業も、異動も配転もいとわない社員が以前にも増して重宝されているという。ほかの仕事は人件費の安い非正規社員に任せ、外注すればいいという方針が浸透すると、子育てや介護で勤務時間が会社の都合通りにならない社員はどう見られるようになるだろう。
長時間会社にいるが生産性が低い社員、会社にとって使いにくいと思われている社員の賃金を低く抑えるのが本当の狙いではないのか。「自分で勤務時間が選べる」とは聞こえがいいが、成果主義を理由に賃金引き下げや希望しない配転を迫られることが懸念される。
仕事の結果を重視し、非正規でも正社員と同じ仕事をすれば同一賃金が保障される国ならば成果主義賃金もいいが、個人よりチームでの仕事を重んじる「メンバーシップ制」がまだ日本の雇用制度や慣習の土台にある。目先の人件費減が、国全体の長期的な成長戦略に資するとも思えない。
まず、違法な長時間労働や不払い残業で社員を使い捨てるブラック企業を一掃し、ワーク・ライフ・バランスの実現や非正規社員の待遇改善から取り組むべきである。