2015年01月29日 共同通信
働きすぎ助長の第一歩 インターバルなど法制化を
甲南大名誉教授 熊沢誠
厚生労働省が労働政策審議会に提示した「高度プロフェッショナル労働制」の適否を考えるとき、まず忘れてはならないのは、現在、日本のホワイトカラーの多くが、曖 昧な労働時間管理の下で、達成の程度を厳しく査定される過重なノルマを課せられ、本 来は非合法のサービス残業や休日返上を通じて他の先進諸国の水準を上回る長時間労働を余儀なくされていることだ。
健康やワークライフバランスを損なうような働きすぎが常態になり、過労死が後を絶たない根本的原因もここにある。仕事の成果を問われずに「だらだら」働いている労働者は、ごく少数にすぎない。
企業の能力主義管理は、すでに労働時間の多寡だけの評価方式を脱却してはいる。だ が、残業や深夜業への割り増し手当の法的義務をすっきりと免れたい企業は、能力や成果だけを評価するシステムを可能な職域から導入したいのだ。
今回の提案は、企業の残業代支払いや労働時間管理の義務を免除し、働きすぎを助長する「ホワイトカラー・エグゼンプション」への第一歩にほかならない。
金融商品の開発・ディーリングやコンサルト、製品・サービスの研究開発など、仕事 量などに関して「企業に対する個人取引力がある」と想定される「高度プロフェッショナル」への職域限定。年収1075万円という収入条件。これらをみれば、確かに新制度が適用される範囲は差し当たり限られるかもしれない。
また働きすぎ防止の歯止めとして、在社時間と自己申告の社外労働時間からなる「健 康管理時間」の規制、インターバル導入、年104日の休日取得(これは週休日にすぎない!)などが提案されている。
しかし、これらの措置の中身はすべて、これからの厚労省の指導や企業内の「合意」決定に委ねられている。指導や決定には法的強制力がなく、その実効性は危うい。なに よりも、新制度の適用される労働者の範囲が、多くのホワイトカラーに拡大される可能 性が極めて大きい。
「高度プロフェッショナル労働制」の具体的な適用職域は、「柔軟な働き方」を旨とする日本的能力主義の下では、結局、企業内で個人ごとに決めることになる。上司は、労働時間にかかわらず頑張らせたい従業員に「あなたに期待するのは“ただのサラ リーマン”の自足なんかじゃなく、高度プロフェッショナルとしての創造的な貢献です」 「あなたはできる。新しい制度に挑戦してみなさい」と誘導するだろう。
その際、ワークライフバランスを大切にして引き続き地味な仕事を続けてゆこうと思い定め、この誘いを拒むことのできるノンエリート気質の正社員はそう多くないだろう。善かれあしかれ上昇志向になびく日本のサラリーマンの「強制された自発性」に基づいて、新制度適用の前提である「本人の合意」が容易に成立することになる。
現時点の日本で働きすぎ防止に本当に必要なことは、ノルマ・仕事量、残業の諾否な どについて、労働者の発言権や労働組合による規制を復権させることにほかならない。この労使関係上の営みが差し当たり難しいとすれば、すべての職種を対象にした残業マキシマム(上限)と、次の勤務まで少なくとも10時間空けるインターバル制の法制が不可欠である。
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くまざわ・まこと 38年三重県生まれ。京都大卒。経済学博士。専門は労使関係論。著著に「働きすぎに斃れて」「労働組合運動とはなにか」など。