筒井淳也さん “日本式共稼ぎ”はなぜこれほど疲弊するか

 両立体制は世界基準からはほど遠い

“日本式共稼ぎ”はなぜこれほど疲弊するか
 
PRESIDENT WOMAN 2019.04.24
 
立命館大学教授 筒井 淳也(つつい・じゅんや)
 
共働きで子供を育てる家庭や介護が必要な家庭は、毎日が綱渡り状態。なぜ、こんなに大変なのでしょうか。立命館大学教授の筒井淳也先生は、「日本人はワーク・ライフ・バランスの意味を間違えている」と指摘します。
 
家事、育児、介護も仕事である
ワーク・ライフ・バランスというと、日本では「仕事と家庭の両立」という意味で使われがちです。つまり「ワーク」に家庭の外の労働を、「ライフ」に家事や育児を含む家族生活を含めて考えることが多いのですが、これはあまり望ましくない認識です。「ワーク」には仕事という有償労働と、家事・育児・介護などの無償労働の両方を含めて考えるべきです。「ライフ」というのは本来、仕事も家事もせず人生を楽しんでいる時間のことなんですね。つまり仕事をして帰ってきて家事をしてというスタイルで毎日が回っているとしたら、それは「ワーク・ワーク・バランス」ということになってしまいます。
 
※写真はイメージです(写真=iStock.com/Masaru123)
 
その意味では日本ではあまりにワークの比重が重すぎるので、これからは社会的な合意として「家事・育児・介護も仕事である」と考えていくべきだと思います。妻が時短勤務であってもパートタイムであっても、または専業主婦であったとしても、家事をし、子供の面倒を見ているならばそれはワークなのです。
 
夫と妻の家事分担においても、男性は家事を楽なものだとして甘く見る傾向があるので、家事は労働であり仕事であると考えることで、話し合いやすくなるでしょう。
 
共働きのしんどさの背景に「新性別分業」
とはいえ、現実的には「ワーク・ワーク・バランス」となってしまうように、そもそも日本の共働き家庭はなぜこんなにしんどいのでしょうか。
 
日本では、1970年代から90年代にかけて「夫はフルタイム勤務の正社員、妻はパートタイム+家事」という性別分業が確立されました。それが現在は変化し、「夫はフルタイム、妻はフルタイム+家事」という「新性別分業」になっています。女性は男性と同じだけ働いて同じだけ稼ぎ、しかも家事も請け負う。これではしんどくてフルタイム勤務を辞めてしまう女性が多くなるのも当然でしょう。
 
第一子出産後に退職する割合は依然として高く(図表1)、結婚して出産し、育児休暇に入るまではフルタイムの社員として頑張るけど、育休明けになると仕事と家事育児を両立させるのがたちまち難しくなるので仕事を辞めるという話もよく聞きます。その状況を変えるには、男性がもっと家事を分担することも大事で、それにはやはり男性も女性も残業をせずに帰れる勤務体制に変える必要があります。
 
第15回出生動向基本調査(夫婦調査)
 
こんなに疲弊しているのは日本くらい
 ワーク・ライフ・バランスが進んでいるEUの国でも日本でも、法律が定める基本的な労働時間にはそれほど違いはありません。ただ、時間外労働の規制については、いわゆる36協定のこともあって、日本のほうが格段に緩いものでした。
 それに、欧米はもちろん東南アジアを見ても、夫婦ともに仕事が忙しい場合は家事をアウトソースしています。仕事も家事もこんなに長時間やり、疲弊しているのは日本だけ。そろそろグローバル基準に合わせたほうがいいのではないでしょうか。私はカナダにいたことがありますが、カナダの労働者たちは仕事を定時で終わらせ、平日でもテニスをしたり映画に行ったりと「ワーク・ライフ・バランス」の「ライフ」を楽しんでいました。それでも所得水準は日本と同じか、あるいはもっと高いものになっています。
 これから日本は労働力不足になりますから、外国人労働者へのニーズが増えてきています。いまでも外国人労働者はすでに多く入ってきており(図表2)、外食やコンビニの経営は外国人労働者抜きでは難しくなってきています。外国では日本のように定時が来てもなかなか帰らないといった習慣はなく、当たり前のようにきっちり終業時間で帰ります。外国人労働者が増えていけば、雇う側も考え方を変えるしかなくなるでしょう。
 
外国人労働者数の推移
 
ブラック企業が淘汰される仕組みが必要
 労働者を支援する体制の質も量も不足している日本の現状では、とくに中小企業などでひずみが出て、ブラック企業になってしまいがちです。一方、政府が失業者の面倒を手厚く見る国では、ブラック企業が存続すること自体が難しくなります。失業給付金が十分に給付されるなら、きつい会社はみんな辞めてしまうからです。よく報道でも「ブラック企業を監視しろ」と言われますが、会社を辞めた後の生活の保障がしっかりしていさえすれば、監視をしなくてもブラック企業には人が集まらず勝手につぶれていきます。
 いわゆる働き方改革には、そういった労働市場の原理を利用した手法も取れるはずです。行政はその循環に気づいていないのか、監視を厳しくしようとしますが、それでは企業は逃れようとするだけ。現状では、労働者は失業したら生活が厳しくなるため、ブラック企業でも職にしがみつくということになっています。
 
完璧主義や過剰サービスも問題
 日本のワーク・ライフ・バランスがなかなか整わない理由として、ほかに完璧主義や過剰サービスの問題があります。
 これは本当に個人的な感想になりますが、私もコンビニで外国人労働者の店員と言葉が通じず「あれ?」と思うことはあります。ただ、そもそもコンビニやファストフード店など単価の安い店で完璧なサービスを求めること自体がおかしい。いわゆる「モンスタークレーマー」が店にやってきて文句を言うと、外国なら店員はまともに受け合わないですが、日本では店長が出てきて「申し訳ありません」と謝ってしまう。それがさらに店員たちの大きな負担になっていると思いますね。店長の役割は、顧客に謝ることではなく、店員をかばうことであり、クレーマーを撃退することなんです。顧客サービスを際限なく追求していく意識を変えないと、働き方はよくなっていかないものです。
 
掲載: PRESIDENT WOMAN
 
(テキストのみ転載。図表は元のurl https://president.jp/articles/woman-print/28479 参照 )
 

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