竹信三重子さん「ロスジェネ支援策」、二次被害の懸念 (6/24)

経済・雇用 世界一企業が活躍しやすい国のリアル
[46]「ロスジェネ支援策」、二次被害の懸念
雇用劣化に疲れた人々を待つ劣化雇用?
 
竹信三恵子 ジャーナリスト、和光大学名誉教授
論座 2019年06月24日
 
〔写真〕2000年代、インターネットで求人を検索する若者たち
 
 6月11日に政府が公表した経済財政諮問会議の「骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)2019」原案に、「ロスジェネ」とも呼ばれる就職氷河期世代の就業支援策が盛り込まれた。人手不足業種などのニーズなどを踏まえた人材育成プログラムや民間ノウハウを活用した職業訓練受講給付金の整備、人材派遣会社など民間への成果に連動した職業訓練の委託などが主な内容だ。正規雇用を希望する「ロスジェネ」には朗報とも見える政策だ。だが、これらは、不安定で劣悪な働かせ方に悩んできた「ロスジェネ」を次の劣悪雇用という二次被害に落とし込む危うさもをはらんでいる。
 
「人手不足業界への誘導」で大丈夫か
 まず気になるのは、人手不足業種等の企業のニーズを踏まえた人材育成プログラムについてだ。
 
 人手不足の業界を焦点に転職支援をすること自体は、就職に結びつきやすく、合理的な政策だ。デンマークでも、2008年のリーマンショック後の大量解雇の際、労組とハローワークが連携し、人手不足の業界の仕事から希望のものを選ばせ、転職につなげている。当時、私が取材した同国の大手メーカーでは、解雇対象となった工員たちの多くが、人手不足のトラック運転手を希望した。そこで、会社の構内で大型車の免許を取るための訓練を無料で行い、解雇の日までにほぼ全員を転職させて仕事に空白ができない工夫をしていた。職歴に空白ができると、再び仕事に戻ることが難しくなるという配慮からだ。
 
 ただ、デンマークの場合は、派遣などの不安定な短期雇用の非正社員の比率がきわめて低く、正社員の労働条件も安定しており、転職すればそれなりの安心した生活が送れる条件があった。だが、今の日本社会で「人手不足」とされる業界には、経済的自立が難しい低賃金や、パワハラの横行などで働き手が定着できない構造を持っていることが少なくない。人が集まらないような待遇にこそ問題があるということだ。
 
 たとえば、介護や保育は社会のニーズが大きく、高いスキルが必要な仕事でやりがいも大きい業界だ。にもかかわらず、低待遇がなかなか改善されず、働き手が定着しにくいことが問題になっている。
 
 運輸業界や建設業界でも、人手不足への反省から働き方を改善の試みがさまざまに報じられてはいるものの、過酷な労働による過労死などがしばしば報道されてきた。「日本流通新聞」(2018年10月15日付)も、「一般論」としつつ、トラック運送事業での労働時間が全職業平均より約2割長いにも関わらず、年間賃金は約1〜2割低く、それが人手不足の深刻化を招いたと指摘している。
 
政府の政策が招いた劣化
 その背景にあるのは、政府の政策だ。
 
 介護や保育について言えば、「夫に養われる女性」などを前提に低待遇を維持する政府の制度設計が続いてきた。最近では、政府が人件費アップのための助成金を出しているが、同時に、株式会社化路線の中でそれらが利益や投資に回されがちな事態が起きている。たとえば、2016年10月22日付「毎日新聞」は同社の調査から、社会福祉法人の経営する保育所の運営費全体に占める人件費の割合が平均69.2%なのに対し、株式会社の保育所は平均49.2%だったと報じている。
 
また、運輸業界では、1990年の物流2法による規制緩和以降、トラック運送事業者が過当競争状態に置かれ、ドライバーの長時間労働・低賃金が続いた結果、若手が集まらない業界になったといわれている。
 
建設業界では、東日本大震災の復興という課題が解決しきっていない中で東京五輪が誘致され、五輪までに間に合わせるという厳しい日程の下での建設現場での過酷労働が問題化している。以前からの多重下請け構造の中で危険な作業に監視が行き届かないこともあり、今年2月の国際建設林業労働組合連盟(BWI)の調査がまとめた報告書「東京オリンピック“闇の側面”」では、「頭上をコンクリートが揺れている状態で危険を感じた」「月に28日間連続で働いている例がある」など、極端な長時間労働や危険事例が明るみに出されている。
 
 こうした状態を放置したままの「就職支援」では、粗悪な雇用を渡り歩いて苦しんできた「ロスジェネ」にさらなる苦痛を与えかねない。
 
 「民間ノウハウを活用した職業訓練受講給付金の整備」「人材派遣会社など民間への成果に連動した職業訓練の委託」も危うい。
 
 非正社員の不安定さが知れ渡るにつれ、「正社員」でないと若者は集まらなくなった。今回の支援策が「正規雇用希望者の正規化」を掲げているのも、そうした状況を配慮してのことだろう。だが、そんな中で、劣悪な労働条件でも「正社員」を標榜して人集めを行う企業が目立っている。非正規並みの低待遇と正規並みの長時間労働・高拘束を兼ね備えた「名ばかり正社員」だ。人材派遣会社などの民間人材業者に委託し、就職に成功したら助成補助金を支給するなどの手法は、現政権がこれまでも推進してきたものだが、「成果」を上げるため、こうした「名ばかり正社員」でも、とにかく就職させるという事例はしばしば聞く。
 
 また、派遣会社などの民間の職業訓練は、まとまった設備投資がさほど必要ない初歩的なパソコン教育なども多い。これでは通常の正社員就職の決め手にはなりにくいが、そんな中で就職先が見つからないと、「派遣の仕事はどうか」と誘い、「派遣会社の正社員」社員として派遣の形で就職させることで「成果」にカウントする例もある。やっと正社員になれたと思ったら不安定な自立できない待遇の仕事で心が折れ、「もう就職活動などしたくない」という当事者の声も聞く。
 
「名ばかり正社員」のアリ地獄
 そんな懸念を抱くのは、就職氷河期と言われた2000年前後から、記者として多くの「ロスジェネ」の体験を聞いてきたからだ。その最近の例として、今年2月に取材した40代の男性の例を紹介しよう。
 
 男性は2000年代の初めに大学を卒業したが、就職氷河期のど真ん中で正社員の仕事はみつからず、派遣として働き始めた。働きながら、正社員の仕事を求めて120社以上の採用試験を受けたが、派遣での経験はキャリアにならないと言われ門前払いとなった。職業訓練も受けたが簡単なパソコン技能だけで、これも就職の決め手にはならなかった。
 
 唯一、「正社員に」と誘われたのが派遣会社だった。だが、働いてみると雇用期限がない派遣社員で、有期雇用の派遣社員が急に休んだときなどの手近な穴埋め要員として利用された。労働条件も、「派遣だから」と交通費が自己負担とされ、遠い職場に派遣されると交通費がかさんで手取りはほとんど残らないこともあった。貯蓄はできず、とりあえずの暮らしを立てるため派遣にしがみつくしかなかった。典型的な「名ばかり正社員」だ。
 
 十分な生活費を稼げないため親の家に同居を続けた末、昨年、「年齢が高いから」と派遣の仕事も打ち切られた。20年働き続けて退職金も厚生年金もない。「一度入ったら抜け出せないアリ地獄のようだった」と、男性は振り返る。
 
 男性が大学を卒業する数年前の1999年、その不安定さから一部の専門的な仕事などに限定されていた派遣が原則自由化され、正社員は派遣に置き換えられていった。バブル崩壊後の不況の中での失業率の高まりを抑えるため ・・・ログインして読む
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筆者
竹信三恵子(たけのぶ・みえこ) ジャーナリスト、和光大学名誉教授

和光大学名誉教授。東京生まれ。1976年、朝日新聞社に入社。水戸支局、東京本社経済部、シンガポール特派員、学芸部次長、編集委員兼論説委員(労働担当)などを経て2011年から和光大学現代人間学部教授・ジャーナリスト。2019年4月から現職。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)、「女性を活用する国、しない国」(岩波ブックレット)、「ミボージン日記」(岩波書店)、「ルポ賃金差別」(ちくま新書)、「しあわせに働ける社会へ」(岩波ジュニア新書)、「家事労働ハラスメント〜生きづらさの根にあるもの」(岩波新書)など。共著として「『全身○活時代〜就活・婚活・保活の社会論』など。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。
 

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