中澤秀一さん「最低賃金の引き上げが失業率を高める」は本当か? 最低賃金は1500円が妥当 (8/16)

「最低賃金の引き上げが失業率を高める」は本当か? 最低賃金は1500円が妥当

Wezzy 2019.08.16 https://wezz-y.com/archives/68438

〔写真〕「最低賃金の引き上げが失業率を高める」は本当か? 最低賃金は1500円が妥当の画像1
「Getty Images」より

 厚生労働省は先月、2019年度の最低賃金の目安額を全国平均で27円引き上げ、時給901円にすることを決めた。最高の東京都では1013円、神奈川県(1011円)と共に大台となる1000円台を突破した。

 労働者にとって賃金UPは歓迎すべきことだろう。しかし反発の動きもある。日本政府は働き方改革実行計画に基づき、この3年間で年率3%を目安に段階的に最低賃金を引き上げてきた。これに日本商工会議所と東京商工会議所、さらに全国商工会連合会、全国中小企業団体中央会は「強く反対」するという緊急要望書を提出し、「中小企業の経営実態を考慮して納得感のある水準を決定すべき」だと要請した。

 最低賃金の引き上げに関して賛否両論あるが、我々はこの流れをどう読めばいいのか。労働問題に精通する静岡県立大学短期大学部准教授の中澤秀一氏に話を伺った。


中澤秀一 静岡県立大学短期大学部准教授
静岡県立大学短期大学部准教授。専門は、社会保障・社会政策。これまでに全国17道府県で最低生計費試算調査の監修を担当する。近著:『最低賃金1500円がつ くる仕事とくらし―「雇用破壊」を乗り越える』(共著、大月書店、2018年)、「ひとり親世帯の自立―最低生計費調査からの考察―」『経済学論纂』第59巻(共著、中央大学経済学研究会、2019年)。他に、座談会「最賃1500円」で暮らせる賃金・雇用をつくる (共著、『経済』2019年3月号)、「ひとり暮らし高齢者の生活実態と最低生計費」『社会政策』(共著、ミネルヴァ書房、2018年)


最低賃金の引き上げと消費増税を同時に進める愚

 「韓国では最低賃金を引き上げたことで若年層の失業率が増えた」という前例を挙げ、最低賃金の引き上げが倒産件数や失業率を押し上げてしまうと懸念する識者もいる。では、日本ではどうか。

中澤氏「この5年間で毎年約3%、最低賃金が引き上げられていますが、日本の失業率は上がるどころか下がっています。もっと極端な上げ方をすれば違ってくるのかもしれませんが、『最低賃金と失業率に相関関係はあまりない』ということは言われています。

一方、倒産件数が増加する可能性は確かに考えられますが、最低賃金を引き上げて倒産するということは、従業員に適切な賃金を支払わずに安く使い倒している企業がほとんどなのです」

 そうしたブラック企業は“自然淘汰”されるのが経済の常であり、「倒産件数が上昇する」とイタズラに不安を煽るべきではないという。また、「そもそも日本と韓国では状況がまったく違う」と中澤氏は解説する。

中澤氏「なにより、『最低賃金の引き上げが失業率を上げた』という因果関係について、韓国はまだ検証していません。『自動車や半導体といった韓国の主要産業が傾いていたことが影響したのでは?』とも言われており、最低賃金の引き上げだけを原因と考えることは“まだ”できない状況です。もちろん、その可能性もありますが、今の段階で『最低賃金を引き上げたら韓国の二の舞になるぞ』という意見を鵜呑みにしないほうがいいでしょう」

 他方、ここ日本では10月に消費税を10%に増税することが予定されている。最低賃金を引き上げても、消費増税で相殺されてしまわないか。

中澤氏「政府の狙いは『最低賃金を引き上げて消費を活発化させよう』というものだったはずですが、なぜか消費増税をするという矛盾した政策を同時進行で行っています。これでは最低賃金を引き上げても、消費が冷え込むリスクは十分考えられると思います」

最低賃金は1500円が妥当

 こうした矛盾以外にも、中澤氏は最低賃金の引き上げについて理解できない点が2つあるという。

中澤氏「1つめは、フルタイムで働いても依然としてワーキングプアになってしまうような最低賃金ではあまりに低すぎる、ということです。今回の引き上げで全国平均が900円くらいになりますが、900円になったところでフルタイムで稼げる金額は年収200万円にさえ届きません。『その額では低すぎる』ということは声を大にして言いたいです。

今回の上げ率は3%でしたが、7〜8%くらいは上げて良かったはず。着々と上がってはいるものの、順調とは言い難いのが現状です。

2つめは、最低賃金が都道府県でバラバラだということ。地域間の給与格差が大きいので、地方の若者が都市部に流出してしまい人手不足を助長しています。最低賃金は国内で統一しないと、地方がますます衰退してしまいます。

世界的に見ても最低賃金が地域で違うのは中国やカナダなど国土の広い国で、日本みたいに国土の狭い国で最低賃金がバラバラなのは非常に珍しいです」

 地方の衰退が叫ばれて久しいが、「人口減少」「消費の停滞」などから、結果的に地方の中小企業は厳しい状況にある。最低賃金が最も高い東京都(1013円)と最も低い鹿児島県など(790円)では、200円以上も開きがあり、東京にあわせて賃金を上昇させれば地方の中小企業には大きな打撃となるだろう。どうすれば、地方の最低賃金を引き上げられるのか。

中澤氏「長年指摘されていることですが、大企業の場合、親会社がグループ内の子会社と連結納税をして親会社の納税額を減らしているほか、研究費を税額から控除できたり、他社の株式の配当金を利益に組み入れないで済むなど、さまざまな優遇措置が設けられています。このことにより、大企業が内部留保をため込んでいる傾向があります。

ですので、大企業の優遇措置をやめて実質的な法人税率を上げることで、中小企業に対する補助金制度を充実させたり、労使折半となっている社会保険料の雇主負担を減額したりするなどの仕組みの財源を確保すれば、都市部並みの最低賃金を支払うことも可能になり、地方からの人材流出を抑えることができます。

今すぐにでもできることは、零細企業が助成金をもっと活用しやすくすることです。生産性向上のための設備投資やサービスの利用などを行った中小零細企業に対して、その設備投資などにかかった費用の一部を助成する“業務改善助成金”という制度もあるのですが、申し込みや審査が非常に煩雑です。この制度のユーザビリティを上げることが重要になります」

 最低賃金を引き上げて、人材流出に歯止めをかけたいという地方側の思惑もある。

中澤氏「最低賃金の低い地域の自治体から『もっと最低賃金を上げてくれないと、人材流出を止められない』という政府に哀願する声も上がっています。従業員だけでなく自治体も最低賃金の全国一律を望んでいる。さらに、地方の中小企業の経営者に話を伺うと、最低賃金の引き上げに絶対反対という声ばかりではなく、寛容な人は意外と少なくありません。最低賃金の引き上げに応じることのできる企業は地方にも存在することを知ってほしいです」

 では全国一律で東京都の最低賃金(1013円に引き上げられる)に合わせれば万事解決かというと、そうではない。そもそもこの額は妥当なのか、ということだ。

中澤氏「全国労働組合総連合が全国16都市に住む2万人を対象に実施した、『最低限の生活を送るためにはどれくらいのお金が必要になるのか?』という調査“最低生計費試算調査”によると、どの都市でも最低賃金が1500円ぐらいでないと、十分な生活は送れないということがわかっています。繰り返しになりますが、フルタイムで働いてもワーキングプアになってしまうような最低賃金では足りないのです」

 首都圏は家賃が高く、地方よりも都市部のほうが生活費がかかるようなイメージがあるが、地方に暮せば格安の生活費で生きていけるというわけではない。

中澤氏「調査した結果、都市部と地方の生活費にはあまり差がなかった。確かに都市部は家賃が高いですが、車を持たなくても生活できるのでその維持費を抑えられます。一方、地方は家賃が低くても車がないと生活に困るので、そのぶん生活費が上がってしまいます。また、コンビニやスーパーで売っている物の値段にはほとんど違いがないので、物価格差もありません。ですので、最低賃金の低い地方のほうが、生活に困窮している人の割合が高くなります。

生活費に差がないのであれば、給与の良い都市部に人が流れるのは必然です。現状、最低賃金が最も高い東京都と同じ賃金を、最低賃金が最も低い鹿児島の人が得るためには、東京の人より3割近く長い時間働かなければいけません。今現在、同じ国内でありながら東京に“出稼ぎに行く”という人も出てきています。最低賃金の全国一律を実現することの重要性は非常に高いと考えます」

 健康で文化的な生活を送るにあたって、年収200万円以下の賃金で十分といえるのか。消費の活性化を目論むのであれば、最低賃金のさらなる上昇は必須だろう。

 

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