竹信三重子さん「正社員化要求したら「強要未遂」!? 「関西生コン事件」に見る労働三権の危機」 (7/22)

正社員化要求したら「強要未遂」!? 「関西生コン事件」に見る労働三権の危機
ハーバービジネスオンライン 2019.07.22
 
竹信三恵子
 
〔写真〕事件の舞台になった生コン会社(撮影:北健一)
 
 奇妙な事件が起きている。京都府のトラック運転手が労組を通じ、勤め先に正社員化や子どもを保育園に入れるための就労証明書を求めたことが「強要未遂」にあたるとして、交渉にあたった労組員らが6月に逮捕され、今も勾留されているからだ。運転手が加入する労組は7月上旬、憲法28条で保障された労働三権を侵害する「恣意的な拘禁」として、国連人権理事会に提訴した。働き手にとって当たり前とも思える正社員化要求や就労証明書の要求が、なぜ、どのように逮捕にまで発展したのだろうか。
 
「不当」と「正当」の境界
 
 事件の第一報を報じた「京都新聞」デジタル版(6月19日21時56分)によると、逮捕されたのは「全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部」の男性(77)ら7人。京都府の生コン製造販売会社の事務所に「押しかけ」、「同社のアルバイト男性(48)を正社員として雇用するよう不当に要求した疑い」で、6月19日、京都府警などが逮捕したとされている。
 
 正社員化要求は働き手にとって身近な行為だ。何が「不当」とされるのかは一般市民にとっても重要だ。そこで、裁判官が被疑者の勾留を認める際に出す「勾留状」の「被疑事実要旨」や、7人のうち起訴された5人の「起訴状」から、逮捕・勾留・起訴した側の見解を整理してみた。
 
 京都新聞の記事の「アルバイト男性」とは、生コン販売会社で生コンクリートの運搬を担当する運転手だ。「被疑事実要旨」では、運転手は「請負」(自営業)だから、会社は団体交渉に応じる義務はないと解釈されている。にもかかわらず組合員たちは、2017年10月16日から12月1日までの間に会社の事務所に何回か「押し掛け」、「正社員として同社に雇用させ、男性を雇用しているという就労証明書を作成・提出させようなどと考え」、組合員らを「たむろさせ同社従業員の動静を監視させ」た、という。
 
 ここでは、「(就労証明書を)書いてもらわなあかん」「労働者の雇用責任もまともにやらんとやな。団体交渉も持たんと、えっ、法律違反ばっかりやりやがって」などと「怒号」することで、「要求に応じなければ、経営者の親族の身体、自由、財産並びに同社の財産等に危害を加えかねない旨の気勢を示して怖がらせ、もって義務なきことを行わせようとした」とされ、「(会社側が)その要求に応じなかったため、その目的を遂げなかった」とある。これが、「強要未遂」の根拠だ。
 
 だが、運転手らの勾留を差し止めるために弁護側が裁判所に提出した文書などからは、別の世界も見えてくる。ここでは、運転手は、形は「請負」でも会社の専属で働き、タイムカードで時間管理もされており、賞与や残業代も払われ、作業服も同社のものを着用していたという。とすれば、実態はほとんど社員だ。
 
 日本では、実質的な社員を「個人請負」として働かせ、「自営業だから」と団体交渉などを避けようとする「名ばかり自営業化」が問題化し、訴訟が相次いできた。うち、新国立劇場運営財団事件(原告は歌手)、INAXメンテナンス事件(原告はカスタマーエンジニア:CE)では2011年4月、最高裁で、個人事業主や業務委託などでも、一定の要素を総合考慮して労働組合法上の労働者と認められうるとの判断が示された。その要素とは、勤務の実態が、事業組織に組み入れられ、業務命令に対する諾否の自由がなく、契約内容も一方的に決定され、場所的・時間的拘束や指揮監督を受け、報酬の性格が労務の対価という性格であれば、労働者性が認められる、というものだ。この判決を受け同年7月、厚労省の「労使関係研究会〜労働組合法上の労働者性の判断基準について」という報告書がまとめられ、これらの基準から労働者と認められる場合は、労組を作る権利、団体交渉する権利、ストをする権利の労働三権を行使できるとされた。
 
 とすれば、「個人請負」の形を取っていても、専属として収入を得ている会社に運転手らが団体交渉を求めたことは、お門違いとは言えない。「団体交渉も持たんと、えっ、法律違反ばっかりやりやがって」と「怒号」したことの意味もわかる。
 
 弁護側の市役所に対する聞き取りでは、運転手は、子どもを翌年度も引き続き保育園に通わせるのに必要な就労証明書の発行を会社から拒否され、11月末の提出期限が迫って困っていたことも確認されている。それまでは毎年、発行されていたため、労組は運転手の労組加入に対する制裁と見ているが、いずれにせよ、「『書いてもらわなあかん』と怒号」したのは、保育園の期限が迫っていたからだ。その後、市側の配慮で翌年度の通園は認められたものの、こうした事態が続けば不安定な「配慮」に依存せざるを得なくなる。これら働き手側の事情が、勾留状などからは抜け落ちている。
 
運賃引き上げストも職場の法令順守活動も
 
 奇妙さは、これにとどまらない。今年6月の逮捕より前に、同労組は運賃引き上げを求めたストライキを機に、大量の組合員逮捕に見舞われていた。
 
 生コン業界は1970年代、過当競争の中で運賃の低下や生コンの品質劣化が起き、働き手の生活難、建築物への悪影響が問題になった。そこで、通産省(現経産省)の主導の下、各社が協同組合を結成して価格維持を図ってきた。同労組は、このうち関西地区の協同組合に加入する企業で働く生コン運搬運転手たちを組織し、運賃引き上げ、協同組合の民主化、労働基準法などの順守をめぐる立ち入り調査と違法状態の改善(法例順守=コンプライアンス=活動)などを求めてきた。
 
 2017年12月、同労組は、こうした価格維持政策の中で膨らんだ利益を運賃にも還元するよう求め、会社を超えた地域ぐるみのストライキを行った。ところが、半年以上たった2018年、このストに絡めるなどして、「恐喝」「恐喝未遂」「威力業務妨害」などの容疑で組合員が断続的に逮捕され始めた。その数は延べ60人を超し、起訴も2019年7月現在で延べ40人以上となり、体調不良を抱えつつ勾留され続けている組合員もいる。
 
 これらの容疑の中には、コンプライアンス活動による違反状態の是正申し入れ行為が、「恐喝未遂」とされた例もあった。
 
 そもそも「強要」「恐喝」とは、何なのか。
 
 強要罪は刑法223条で、「生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する」などとされている。
 
 また、恐喝罪は刑法249条で「人を恐喝して財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する(財物恐喝罪)」などとされている。
 
 今回は、就労証明書の要求行為が「脅迫」とみなされ、「強要未遂」が適用された。それなら、猫なで声で「就労証明書を出していただいてもよろしいでしょうか」と頼めば大丈夫なのか。だが、「猫なで声に畏怖を感じた」と言われたら……?
 
 先に述べたように、労働組合法は、このような忖度なしで労組が会社と交渉できるよう、一定の要件を満たす「請負」などの「名ばかり自営業」も含め、団体交渉権を保障している。だが、その境界は一般にはわかりにくく、今回、「義務のないことを行わせた」とされる土壌となった。
 
「恐喝」「強要」との違いめぐり論議を
 
 今回の要求は、ある意味、働き手にとって当たり前のものばかりだ。就職氷河期世代の正社員化は政府の政策課題にさえなっている。保育園の確保は「女性活躍」の基礎だ。それらの要求行為が犯罪となるかもしれない状況が起きているとすれば、他人事ではないはずだ。問題は、にもかかわらず一般の論議が極めて低調なことだ。理由のひとつはSNSやマスメディアなどのあり方にある。
 
 「関西生コン事件」でネットを検索すると、人権問題にかかわってきた野党議員や反差別の社会運動団体などと関係づける形での労組攻撃が上位に並ぶ。「なんだか怖いこと」という印象だけが残り、それが人々を遠ざける。外国籍住民に対するヘイトスピーチに似た手法だ。
 
 マスメディアでも、「なんだか怖いこと」の印象のせいか、報道が少ない。あっても京都新聞の例のように、警察発表がそのまま引用され、労働三権との関係での妥当性などを検証したものは、ほぼ皆無だ。日本では被疑者との接見が難しく、第一報は警察発表に依存するしかない。加えて、そうした一報をその後、検証し直す習慣も根付いていない。結局、裁判で無罪判決が出ない限り、被疑者側の事情は伝わりにくい。
 
 労働権についての教育がほとんどされていない中、マスメディアも解説機能を果たせていないことが、論議をすくませている。
 
 こうした日本社会の閉塞状態を乗り越えようと、同労組は8日、国連人権理事会に提訴し、労働三権の侵害による恣意的な拘禁として、これを解除するよう日本政府に勧告することを求めた。
 
 9月には、国際運輸労連(ITU)や国際建設林業労働組合連盟(BWI)を招き、シンポジウムも計画している。東京五輪の建設現場での立ち入り調査報告書をまとめたBWIの活動などを紹介し、コンプライアンス活動は国際的には通常の労組活動であり、恐喝とは異なるものであることについて、日本社会の理解を図る考えだ。
 
 国内でも、労働三権に詳しい労働法専門家、労働ジャーナリスト、弁護士などによる「関西生コンを支援する会」が、東京や東海地区で結成され、支援に乗り出し始めている。「恐喝」「強要」と「労使交渉」とは何が違うのか。これらの混同で何が起こりうるのか、混同を防ぐには何が必要なのか。一連の事件は、私たちがこうした論議を深め、変わる労働市場の中での働く権利を確立し直す時がきていることを、示している。 
 
<文/竹信三恵子>
竹信三恵子
たけのぶみえこ●ジャーナリスト・和光大学名誉教授。東京生まれ。1976年、朝日新聞社に入社。水戸支局、東京本社経済部、シンガポール特派員、学芸部次長、編集委員兼論説委員(労働担当)、和光大学現代人間学部教授などを経て2019年4月から現職。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)、「女性を活用する国、しない国」(岩波ブックレット)、「ミボージン日記」(岩波書店)、「ルポ賃金差別」(ちくま新書)、「しあわせに働ける社会へ」(岩波ジュニア新書)、「家事労働ハラスメント〜生きづらさの根にあるもの」(岩波新書)、「正社員消滅」(朝日新書)、「企業ファースト化する日本〜虚妄の働き方改革を問う」(岩波書店)など。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。
 

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