あなたの賃金は仕事の内容に見合ってる? 仕事と賃金の関係を問い直す
2019.08.03
栗原耕平
この間、非正規労働者の中で「労働に賃金が見合っていない」という声が聞かれるようになってきた。これは労働運動・賃金運動の新たな可能性の兆しだ。筆者は首都圏青年ユニオンという労働組合運動の事務局次長として労働相談や企業との交渉を行っているが、そこでの相談・交渉事例の中からこの新たな可能性の兆しをレポートしたい。
小田急電鉄で働く学生駅員アルバイト
首都圏青年ユニオン内の学生グループである学生ユニオンは、現在小田急電鉄と団体交渉を行っている。交渉事項は多岐にわたるが、その大きな論点の1つが学生駅員の時給の引き上げだ。
小田急電鉄は、実は学生駅員に非常に大きく依存していることを皆さんはご存知だろうか。読売新聞(2019年4月28日)によると、小田急電鉄の駅員1700人のうち700人が学生アルバイトだという。駅員アルバイトと言えば混雑時に電車の中に人を押し込む「押し屋」のイメージを持っている方もいるだろうが、それ以外の業務も様々に行っている。例えば改札での精算業務や障がいを持つ利用者の介助、また基本的な利用者対応全般などなど。また、清掃業者のいない夜間の清掃業務(吐瀉物の清掃などもアルバイトの仕事)や、終電後の駅の閉鎖作業を行う場合もある。
このように多様な業務を行っていることに加えて、恒常的な人手不足状態である。ユニオンの組合員であり小田急の学生駅員であるAさんは「本社は『笑顔でお客様対応を』というが、とてもそんな余裕ない」とこぼす。また、悲惨なのは電車遅延が発生した時だ。利用者からの問い合わせや振替輸送の対応など膨大な追加業務が発生するが、駅員の人員配置はこうした追加業務に対応できるものとなっておらず、学生駅員とはいえ数時間の残業を強いられる(これによって授業に出られなくなるなど学業に支障が生じていることが団体交渉のもう1つの大きな論点である)。
これらの作業の1つ1つには大きな責任が伴う。少しのミスが電車遅延につながり、非常に多くの人の生活に影響を与えてしまうからだ。小田急電鉄の運行は、学生駅員の働きに大きく依存しているといえよう。
しかし学生駅員の時給は1100円。一部の時間帯には付加給があるが微々たるものであり、昇給などはない。この賃金では業務のしんどさや責任の重さに到底見合わない、とAさんはいう。妥当な感覚だろう。市民生活を支える鉄道の担い手である労働者が1100円の時給で働かされるというのは果たして公正だろうか?青年ユニオン内の学生グループである学生ユニオンは現在、小田急電鉄に対して時給の引き上げを求めて交渉を継続しているが、小田急電鉄は一向に認めようとしない。
非正規労働者の賃上げ要求の噴出
その他にも非正規労働者の賃上げ要求の声は多数上がっている。
例えば飲食物のデリバリーを行う店舗では、正社員は2店舗を掛け持つ店長1人だけで、実際に店舗をまわしているのは正社員ではなく非正規労働者である。組合員となったBさんは6〜7年働き続けているが、店長よりも長く働いている。当初はデリバリーとして雇われたものの、いまでは調理業務などほぼ全ての業務を行っている。Bさんはこうした業務負担の増加に応じて賃金を上げてほしいと何度も訴えるが対応してもらえず、青年ユニオンに相談に来た。
さらに、輸入食品を販売するスーパーで店員として働く学生のCさんも、業務のきつさに比して賃金が低すぎるという不満をもっていた。正社員は店長1人だけで、あとはパートや学生アルバイトである。非正規労働者がその店舗の主要な担い手だが、時給は1000円と低賃金だ。
基本的な業務はレジ対応や品出しや試飲の提供だが、商品の数が非常に多く、覚えるのが一苦労。また人気店であるため、レジにはお客さんが入店を諦めるほど長蛇の列ができてしまうのが普通で、とてもしんどいという。
「賃金に見合わない」として多くのアルバイトが辞めていくのを見たというCさんだが、「そのお店が好きだから変わってほしい」と青年ユニオンに加入し賃上げや未払い賃金の支払いを求めて団体交渉を申し入れた。団体交渉の結果、小幅ではあるものの時間帯によって50〜100円の時給の引き上げを獲得した。
なぜいま非正規労働者から賃上げ要求が噴出しているのか?
なぜいま非正規労働者から賃上げを求める声が上がっているのだろうか?それは、非正規労働者の割合を大きく増やし、その責任が重くなっているにもかかわらず、非正規労働者に対する賃金差別が残存しているためである。
90年代後半以降、非正規労働者の割合が急増し、現在全労働者の4割近くにまでなっていることは周知の事実である。加えて、この間の人手不足は現に働いている非正規労働者の業務負担をさらに増大させている。
このように業務負担が増加する一方で、非正規労働者は「どうせ責任の軽い業務しかしてないだろう」と半人前扱いされ、その賃金水準は低く抑制されてきた。すなわち賃金支払の論理(半人前賃金としての低賃金)と実際の労働配分の論理(職場の主要な担い手としての労働配分)にズレが生じているのだ。このズレによって企業はコストカットをするわけだが、同時にこれは労働者の側に大きな不満を生むことになる。この不満が青年ユニオンの賃上げ運動の原動力となっているのだ。
正社員からはなぜ賃上げ要求が出てこないのか?
またもう1つ不思議なのは、なぜ正社員からは賃上げ要求が出てこないのか、ということだ。低賃金・過重労働によって労働者を使いつぶすブラック企業が広がっていることを考えると、この点はやはり不思議である。
業務負担の増大に対する反応が正社員と非正規労働者で異なるというこの不思議な事態は、両者の賃金観の違いによって引き起こされている。
賃金形態論の議論を簡単に紹介しよう。
賃金には大別して2つの種類がある。1つは、賃金の水準が、労働者が行っている職務/労働の難しさなどによって決定される「職務基準賃金」である。もう1つは、労働者の年齢や勤続年数や性別などの属性によって支払われる「属人基準賃金」である。賃金が仕事に基づくのか、人に基づくのか、という区別である。従来の常識では、非正規労働者は職務基準賃金であるのに対して、正社員は年齢や勤続年数によって賃金が決定される年功賃金=属人基準賃金であると考えられてきた。
職務基準賃金の非正規労働者の場合、同じ仕事をしていれば年齢や性別が異なろうが時給は大きく変わらない。反対に言えば、労働の質や量が異なればそれに応じて賃金は変動しなければならない。この職務基準賃金の論理の中では労働の質量と賃金水準がダイレクトに結びつく。だからこそ業務負担の増大による賃金と労働とのズレに敏感なのだ。
他方、属人基準賃金の場合には、同じ労働でも労働者の属性が異なれば賃金が異なるのは当然であるし、反対に労働の質量が変化しても労働者の属性が変わらなければ賃金は変わらない。属人基準賃金の論理で考える正社員の場合には、労働の質量と賃金がダイレクトにつながらない。したがって労働量が増えようとも、直ちに「賃金が低すぎる」とはなりづらい。
しかし、更に考える必要があるのは、今の正社員は本当に属人基準賃金なのだろうか、という問題である。以前の記事で、正社員の低賃金化という事態を指摘したが、これは非年功型正社員=職務基準賃金型正社員の増加の表現でもある。また今野晴貴氏が社会問題化した「ブラック企業」は、正社員であるという理由で過剰な業務を押し付ける一方で、年功賃金は適用せず低賃金に抑制するという労務管理を行い、大量の労働者を使いつぶしていく企業のことであるが、こうしたブラック企業で働く正社員はもはや属人基準賃金ではなく職務基準賃金型の正社員である。
であるならば正社員の場合でも過重な業務負担は賃金に反映されねばならない。正社員も属人基準賃金観から脱却し、職務基準賃金の理屈によって自身の労働と賃金の関係を見直してみる必要があるのではないだろうか。
賃金・労働条件決定への労働者関与の可能性
ここで職務基準賃金だというのは、同一の仕事をしている労働者は「だいたい」同じ賃金だろうという程度の意味であり、実際には同一の仕事をしている労働者の間で細かな賃金差が様々につけられていたり、仕事が増えても賃金が上がらないなど、仕事と賃金の関係は厳密かつ客観的なものとなっておらず、賃金の決定基準が曖昧なケースは多い。この賃金決定基準の曖昧さは、端的にいえば、労働者・労働組合が賃金決定に関与していないために生ずるといえる。
使用者は、賃金の決定基準を曖昧にしておこうとする。賃金決定基準を客観的かつ厳密なものにしてしまうと、人件費総額の柔軟性が失われるからであり、賃金決定を通じて労働者をえり好みすることができなくなるためである。したがって賃金の決定基準を客観的なものとし公正なものとするためには、労働者や労働組合が賃金と仕事の関係の規制に関与する必要があるのだ。
しかし、過重化する労働に応じて賃金を引き上げることがほんとうに可能なのか、と疑問に思う人も多いだろう。最後に、大幅な賃上げを勝ち取った青年ユニオンの事例を紹介しよう。
団体交渉の結果、2倍の給与を獲得
夜間の病院で警備や電話対応を行うアルバイト数人が青年ユニオンに入ったのは2013年のことである。救急車からの電話対応などを行うこともあり、責任の重い業務だ。勤務時間は17時から翌朝9時までで、1勤務あたりの給与は10000円前後であった。そもそも最低賃金割れ状態であったことに加えて、生活していくには厳しい給与水準であったこと、さらに夜間業務のしんどさや責任の重さに賃金が見合わないという感覚もあり、団体交渉で賃上げを求めた。団体交渉を継続した結果、賃上げが実現し、現在の1勤務あたりの給与は20000円を超えている。最初の給与から約2倍に給与が引き上げられたことになる。夜勤労働のきつさや病院事務という責任の重さを考えれば、高すぎるとは言えないだろう。
労働者が賃金・労働条件決定に関与せず、その決定を使用者の専制に委ねれば、賃金・労働条件は不公正なものになる。その賃金・労働条件決定への関与の手段として労働組合は法律によって守られ支援されてきた。それは労働組合を通じてでなければ、賃金・労働条件決定に使用者と対等な立場で労働者が参加することが困難なためである。反対に言えば、労働組合を通じてであれば、賃金・労働条件決定に使用者と対等な立場で関与することは可能なのだ。
ぜひ賃金と労働との関係を問い直し、そしてその関係への関与の可能性を検討してほしいと思う。
<文/栗原耕平>
栗原耕平
1995年8月15日生まれ。2000年に結成された労働組合、首都圏青年ユニオンの事務局次長として労働問題に取り組んでいる。