労働法「保護外し」が蔓延…!「労働者ではない人」急増の危ない現実 吉本興業もジャニーズも明日は我が身…
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竹信 三恵子 2019.8.23
「雇用によらない働き方」のリスク
芸能人の労働問題が話題だ。吉本興業の所属タレントの扱い方や、ジャニーズ事務所による元SMAPメンバーへの圧力をめぐり、公正取引委員会(公取委)から相次いで注意や意見表明がされるなど、「“働き手”としての芸能人」を巡るさまざまな事件が相次いでいるからだ。
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事件が照らし出すのは、雇用契約に近い高拘束があるにもかかわらず芸能人が労働者保護の外に置かれる「雇用によらない働き方」の危うさだ。
じつはいま、経済界には、働き方の変化を理由に、こうした「保護の外の働き手」を増やそうとする動きが高まっている。海外ではむしろ、働き方の変化に即して労働者保護を拡大しようとする動きが主流になりつつあり、「雇用によらない働き手」を保護する仕組みの整備は急務だ。
吉本興業事件は、振り込め詐欺グループや暴力団など“反社会勢力”の催しに、著名なタレントたちが「副業」として出演したことが「闇営業」として報道され、問題になった。
だがその後、吉本興業が、これまで所属タレントたちに、雇用等に関する契約書をほとんど交付していなかったことが明らかになり、今年7月24日、公取委の事務総長が「競争政策の観点から問題がある」と定例記者会見で意見を表明した。
加えてSNS上で、吉本興業の所属タレントたちから、「一回の仕事のギャラが1円」(7月26日付「朝日新聞デジタル」)などといった、超低賃金の労働実態を告発するつぶやきが拡散されるなどして、問題の焦点は、背景にある芸能界の就労条件へと移行しつつある。
これに先立つ7月17日には、人気グループSMAPの元メンバーをテレビに出演させないよう圧力をかけていた疑いで元の所属事務所「ジャニーズ事務所」が、やはり公取委からが、「独禁法が禁じる『優越的地位の乱用』を誘発する」と注意を受けている。
ほかにも、ファンから受けた暴行事件を公表したアイドルグループNGT48(所属事務所名はAKS)に所属する山口真帆さんが1月、「騒ぎを起こした」と謝罪に追い込まれ、その後、所属事務所から圧力などがあったと主張した。
山口さんの件でも「安全を守るべき事務所が、被害者に謝罪させたのはおかしい」との批判が高まるなど、所属事務所によるタレントへの“支配の不当性”が相次いで問題になっている。
「労働者」ではない人たち
一般に、労働者は「雇用契約」で働き、その権利は、「最低賃金法」、「労働安全衛生法」、「労働基準法」といったいくつもの法律によって守られている。
たとえば、「ギャラ1円」という賃金水準は「最低賃金法」で明らかな違法である。
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職場での安全確保については、「労働安全衛生法」で、「事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない」(3条)と、責務が規定されている。
また、極端な長時間労働も、「労働基準法」で規制されている。
ところが、タレントはこのような「雇用契約による労働者」ではなく、才能を自力で売る「独立自営業」として所属事務所と契約する場合がほとんどで、そうした保護の外に置かれがちだ。
そのため、実態では雇用者と被雇用者に近い大きな力の格差がある場合でも、最低賃金も、パワーハラスメントも、労働時間も、守られるべき基準がないことになりかねない。
つまり、日本の働き手は、「労働者」に分類されればこれらの労働法の保護を受けられるが、そこから外れるとほぼ無保護という「ゼロサム」状態に置かれる形になっているのだ。
岡本昭彦・吉本興業社長がロンドンブーツ1号2号の田村亮氏に言った「会見するんやったら全員クビや」という発言について行った、「父親が息子に、『オマエ、勘当や』みたいなつもりというか」(7月22日付「AERA dot.」)との甘えともとれる釈明は、そうした「働き手の権利」の空白状態が生んだ緊張感の欠如から来ているとも見られる。
守られない人たち
その背景にあると指摘されるのは、日本の「労働者」の定義がきわめて狭いことだ。
労働基準法9条では、その対象になる「労働者」について、「職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と規定されている。
ここでの「使用される者」とは、「使用者の指揮下で働く人」のことで、仕事を選べなかったり、労働時間を厳格に管理されていたり、働く場所を拘束されていたり、会社から指揮監督されていたりすれば、「労働者」として認定される度合いは大きい。
一方、厚労省の「雇用類似の働き方検討会報告書」(2018年)によると、海外では「労働者」かどうかを認める条件が、もっと広い幅で設定されていることが少なくない。
指揮命令の有無だけでなく、働き手の生活がかかっているかどうかなどの「経済的実態」を中心に判断する場合や、雇用契約を切られて失業した人も含まれる場合、「就労者」としてより広い範囲の働き手にも労働時間規制や最低賃金法などの労働者保護を認めている場合などがあるからだ。
こうしてみると、日本の「労働者」の定義は、あまりにも狭い。
これでは、請負契約や委託契約にしてしまえば、その働き手がその会社の仕事だけで生活を立て、事実上、会社の命令を断れない状況に置かれていたとしても、「具体的に指揮命令されているわけではないから労働者ではない」として保護から外されてしまいかねない。
日本でも「労働組合法」のような、やや広い定義はある。ここでは指揮命令がなくても、「職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活する者」(3条)なら、「労働者」として労組をつくり、会社と待遇改善交渉をし、ストライキもできる「労働三権」が認められている。
タレントたちは、この定義なら「労働者」となるケースが多いため、まずは労組をつくって身を守ることも有効な方法だ。だが、労基法のような「保護の対象」ではない。
「保護外し」が拡大中…
今回の公取委の動きは、こうした狭い「労働者保護」からこぼれるタレントたちについて、その自営業としての側面を生かし、「事業者間の公正」という形で保護を提供したものといえるだろう。
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こうした手法は、自営業意識の高いタレントには向いているかもしれない。だが問題は、「労働者保護」を真剣に必要としている、ごく身近な一般の働き手たちが、こうした保護外しの頻発に悩んでいることだ。
関東地方で家族経営の商店を営んでいた50代の男性は、技術革新の中で、扱っていた商品が売れなくなり、会社に就職して生活費を稼ぐことにした。
求人票で正社員募集の会社を探して面接を受けると、「朝9時から夕方6時までの労働時間で日当は12000円、自営業扱いの個人請負で働いてほしい」と言われ、正社員ではないが希望の報酬は稼げると思い、やむなく了承した。
しかし実態は、「個人事業主だから」と仕事がある日だけ呼び出された。その日数は少なく、家族を支えられる生活費を稼げなかった。
出勤日は遠隔地を回りながら仕事をする場合も多かったが、その場合の車のガソリン代は自前とされ、収入の大半がその費用で消える。その結果、時給換算すると最低賃金以下となってしまうことも少なくなかった。
リモートワーク、クラウドソーシング…
前述したが、こうした「労働者保護外し」の働き方を求める動きは、企業側から強まっている。
たとえば、今回の「働き方改革」で、経済界からの要求で導入された「高度プロフェッショナル制度」(いわゆる高プロ)は、一定の条件の働き手を労働時間規制から外せるもので、これが適用される社員は、雇用契約ではあるが、過労死などを防ぐために設けられている「労働時間規制」の外に置かれる。
また、2016年に発表された経済同友会の報告書「産業革命による労働市場のパラダイムシフトへの対応〜『肉体労働』『知的労働』から『価値労働』へ」では、さらに大がかりな保護外しが提唱されている。
この内容は、現在、社会はAI(人工知能)化が進み、「リモート・ワーク」(場所や時間の規制がない働き方)、「アライアンス」(会社と個人が労働者保護のない業務提携の形で契約する働き方)、「クラウドソーシング」(フリーランスが在宅で業務請負する内職的な働き方)など働き方が多様化しているとしたものだ。
そして、「戦前の『工場法』をベースにつくられた日本の労働法は、『所定の場所』『所定の時間』に『労働時間と成果が比例する業務』に従事することを前提としており、こうした新しい動き(AI化)に対応していない」としている。
さらに、「産業構造の変革のスピードが速くなる中で新しい職種が登場しても柔軟に対応」するために、労働者保護を、現行の「ポジティブリスト」方式から、「ネガティブリスト」方式へと発想転換することを求めている。
「ポジティブリスト方式」とは、すべての「労働」を保護の対象にし、管理監督者や「高プロ」の対象者など一部を例外として外すやり方で、「原則は保護あり」だ。一方、「ネガティブリスト方式」とは、保護が必要と考えられる「労働」だけに限定的に適用する。「原則は保護なし」の考え方だ。
だが、AI化が進んでも、大半の働き手は、その力関係から、会社の要求を断ることができない。このため、長時間働いてでも会社の目標を達成しようとするだろう。
その結果、あからさまな強制による長時間労働はなくなったとしても、「自発的な長時間労働」によって過労死が発生するリスクは高まる。内面からの強固な強制力が働いている状況なのに、「保護なし」で働き手は生きていけるのだろうか。
「雇用によらない働き方=自由」ではない
海外の労働者保護の範囲が「指揮命令」の有無だけでなく、幅広く設定されつつあるのは、「雇用によらない働き方」が広がるにつれて、このような働き方の弊害が表面化し、「新しい働き手保護が必要」という考えが強まっているからだ。日本のように働き方の変化に沿って「保護をなくす」とは逆の動きだ。
日本の政府も、こうした「雇用によらない働き方」を「雇用類似(雇用と自営の中間の働き方)」と名付け、先に述べた「雇用類似の働き方に関する検討会」報告書を公表し、今年6月には、「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」の中間整理をまとめた。
ここでは、「請負契約」であっても実質的に指揮命令を受けるなど客観的視点から「労働者」と認められる場合には、労基法上の労働者として保護されることが確認された。
また、その境界線上にあると思われる働き手についても、契約の適正化、報酬、安全衛生、就業時間、損害賠償額、相談窓口などについて「優先的に検討を進める必要がある」こと、労災や、パワハラ・セクハラ対策については専門家等による検討を開始することが適当、とされ、ようやく一歩を踏み出したかに思える。
だが、この課題の根本にある「労働者の概念」を広げることについては「継続的な検討課題」とされ、先送りされたままだ。
一連の芸能界での事件は、経済界が紡ぎ出す「雇用によらない働き方=自由」という幻想から脱却し、どのような働き手でも安心して働ける新しい保護や規制の整備へ向けて声を上げていく必要を、私たちに問いかけている。