佐賀新聞 論説 中高年引きこもり 支援体制拡充に本腰を (9/13)

論説 中高年引きこもり 支援体制拡充に本腰を
https://www.saga-s.co.jp/articles/-/426579
佐賀新聞 2019/09/13 5:15

 政府はバブル崩壊後の不況下で就職の機会に恵まれず、今なおその影響を引きずる「就職氷河期世代」の集中支援を打ち出している。この世代に多い非正規歴の長い人とともに、引きこもり状態にある人を対象に全国のハローワークに専門窓口を設けたり、就労に役立つ資格取得を後押ししたりして3年間で正規雇用者30万人増を目指す。

 関係府省庁は概算要求で関連予算計1344億円を計上した。内閣府が3月に公表した推計によると、40〜64歳の引きこもりの人は61万3千人に上る。長期化と高齢化で期間は7年以上が半数近くを占め、本人が50代、親が80代で生活が困窮する「8050問題」も深刻さを増している。

 しかし本人は外部との接触を絶ち、家族も自治体などに打ち明けないケースが多い。川崎市で5月にスクールバスを待っていた児童ら20人を殺傷し、現場で自殺した51歳の男が先日、殺人などの疑いで被疑者死亡のまま書類送検されたが、中学卒業後の男について知る人はほとんどおらず、神奈川県警の捜査でも動機は解明されなかった。

 世間から隔絶した人を就労によって社会復帰させるのは簡単なことではない。地域で引きこもりの実態をより詳細に把握し、現場で相談に対応したり、家庭を訪問したりする人員を手当てするなど支援体制の拡充に本腰を入れる必要がある。

 国は2009年度から、都道府県と政令市に「ひきこもり地域支援センター」を設置。社会福祉士や精神保健福祉士、臨床心理士らを配置し、引きこもり状態にある本人や家族の相談に応じるとともに、関係機関との連携や対策の情報提供を進めてきた。15年に施行の生活困窮者自立支援法に基づき、生活・就労準備の支援も行っている。

 さらに18年度から、市町村でも相談窓口を整備している。しかし現場からは人員不足を訴える声が後を絶たない。県の地域支援センターで、年間約500件の相談に担当者3人で対応し、しかも全員が他の業務との兼務という例もある。実際に家庭を訪問したり、支援団体を紹介したりする人手も足りないという。

 ただでさえ、引きこもりを把握し、支援につなげるのは難しい。川崎20人殺傷事件の容疑者の男は80代のおじ夫婦と3人暮らしだった。自室に閉じこもり長期にわたり就労せず、おじ夫婦との会話もなかった。17年11月に別の親族からの相談で市は初めて男の状況を知り、面談や電話でおじ夫婦らの相談に乗った。

 市の助言で今年1月になり、おばは手紙を部屋の前に置いたが、男は「引きこもりとは何だ」と反発。おばから「しばらく様子を見たい」と伝えられ、市が男と直接接触することはなかった。

 一方、東京都練馬区で6月初めに元農林水産事務次官が引きこもりがちだった44歳長男を殺害した。長男の家庭内暴力に悩み、20人殺傷事件を知って「人に危害を加えるかもしれない」と思い詰めていたとされる。だが自治体や警察に相談したことは一度もなかった。世間体を考えて、家庭内の問題を表沙汰にしたくないと思ったのかもしれない。最近はヘルパーが親の介護に訪れ、引きこもりの人がいると初めて分かることも多い。ヘルパーやケアマネジャーと自治体の担当者がチームとして情報を共有する仕組みも考えたい。(共同通信・堤秀司)
 

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