今野晴貴さん 裁量労働制を「全廃」 会社も認めた「欠陥」とは?

 裁量労働制を「全廃」 会社も認めた「欠陥」とは?

今野晴貴  | NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
 
5/16(木) 12:01
 
 今年4月22日に、厚労省において「裁量労働制実態調査に関する専門家検討会」が開催された。これは、裁量労働制の拡大を念頭に置いて、昨年9月から開催されているもので、今回で5回目になる。
 
 同じく4月から働き方改革関連法が施行されたが、労働基準法の改正により、労働時間規制が強まる中で、抜け道として裁量労働制の悪用が増えることが予想される。詳しくは筆者の以前の記事を参照してほしい。
 
 参考:月100時間残業でも「上限規制逃れ」が可能? 働き方改革の「脱法戦略」とその対処法とは
 
 参考:芸能マネージャーの「やりがい搾取」 裁量労働制の悪用が「違法行為」と認定
 
 そのような中で、先日、裁量労働制の危険性を象徴する事件の会見が行われた。裁量労働制が適用されていた20代女性(以下、Aさん)が、長時間労働の末、精神疾患を発症し、今年3月に労働災害として認定されたという事件である。
 
 裁量労働制当事者が労災認定をされ、当事者が記者会見を行ったのは初めてのこととなる。それに加えて、会見を主催した裁量労働制ユニオンで労働環境改善を求めていたところ、裁量労働制を全社的に廃止するという画期的な改善が実現した。
 
 この中で明らかになったのは、会社側も「裁量労働制の不備」を認めていたという事実である。なぜ、会社側は裁量労働制の問題点を認めたのだろうか。
 
 今回は、この事件を紹介しながら、裁量労働制の危険性とともに、不当な裁量労働制への対抗策について考えていきたい。
 
新卒で入社した当初から裁量労働制、3ヶ月目には残業100時間超え
 
 Aさんの労災が認定されたのは今年3月のことである。労働基準監督署が認定した精神疾患の発症日は昨年2018年4月20日で、主な発症理由は長時間残業としている。
 
 Aさんは、2015年4月に、新卒採用で建築設計事務所の株式会社プランテック総合計画事務所(以下、会社という)に入社し、入社当初の4月から専門業務型裁量労働制の適用対象となっていた。精神疾患を発症して、2018年6月から休職中である。
 
 ここで、裁量労働制について改めて確認しよう。裁量労働制は、実際の労働時間数にかかわらず、一定の労働時間数だけ労働したものとみなす制度である。
 
 裁量労働制を推進する意見からは、労働者は出退勤の時間や業務の進め方を自由に決めることができ、労働時間ではなく仕事の成果で評価されるようになるため、仕事の効率が上がり、自分の仕事が終わったら早く帰れるとされてきた。
 
 その一方で、何時間働いてもみなし労働時間分しか働いたことにならないため、長時間働いても残業代が増えない「定額働かせ放題」に陥るリスクが高い。
 
 実際にAさんも、「定額働かせ放題」の状態に置かれていた。入社当初から裁量労働制が適用され、すでに入社3ヶ月目には残業が月100時間を越えていた。
 
 1日のみなし時間は8時間とされていたが、実際には1日20時間近く働くことは珍しくなく、日付を越えて30時間連続で働くこともあった。
 
 休職するまでの3年3ヶ月間の期間全体で考えると、約7割となる2年3ヶ月で過労死ラインの月80時間を超えており、月100時間以上が約6割(1年11ヶ月)、月150時間以上も3ヶ月あった。
 
裁量があると思えない働き方
 長時間労働の原因の一つは、Aさんには、実際には裁量がなかったことだ。
 
 22時ごろに「明日までやるように」という指示を受けて業務をまかされ、深夜作業や徹夜作業をせざるを得なくなることや、設計図面や完成予想図を伝えるCG画像などを作成しても上司や社長がなかなかOKを出さず、何度もやり直しをさせられてしまうこともあった。
 
 そもそも、Aさんは入社1年目から裁量労働制が適用されていたが、まだ経験も浅く、基本的に上司と打ち合わせの上で作業を進めていく必要があり、裁量など持てるはずもなかったのだ。
 
 実際には裁量がないままに裁量労働制を適用され、Aさんは追い詰められていった。Aさんは精神疾患に罹患し、2018年6月から休職してしまった。
 
裁量労働制での労災認定は年間たったの10件
 ところが、裁量労働制での労働災害はなかなか認められていない。過去に裁量労働制で労災認定された件数が非常に少ないのだ。
 
 昨年7月に、厚生労働省より公表された労災補償状況のデータによると、2017年度に裁量労働制で精神障害の労災認定がされたのはたったの10件だった。
 
 裁量労働制対象者に関する労災補償状況(厚生労働省HPより)
 
 ただでさえ、精神障害の労災認定率は低い状況にあるが、その中でも裁量労働制の精神障害の労災認定のハードルは非常に高くなってしまっている。その原因の一つとして考えられるのが、労働時間の証明の難しさである。
 
 何時から何時まで会社にいたのかを証明できたとしても、会社側が「その時間すべてが労働時間とは限らない」「労働時間ではなく在社時間だ」などと主張し、その時間に実際に労働していたことを証明しなくてはならない場合があるのだ。
 
ユニオンで交渉し、裁量労働制を全社的に廃止 会社も法律の不備を認める
 このように、労災認定が難しい裁量労働制だが、今回の事件では、ユニオンの活躍によって認定にこぎつけたところが大きい。
 
 7月、Aさんは裁量労働制ユニオンに加入し、未払い残業代や長時間労働の改善を求め会社と団体交渉をはじめた。
 
 まず、団体交渉で、タイムカードに記載された時間については、労働時間であるとして会社に認めさせることができた。2019年4月には納得のいく内容で和解した。
 
 同時に、労災申請も、ユニオンと準備をして進めた。団体交渉の中では、会社に労災申請の協力をするよう約束させた。そして、今回の労災認定に至ったのである。
 
 さらに、会社は2018年10月、ユニオンとの団体交渉や労基署の指導を踏まえ、全従業員に対する裁量労働制の廃止に踏み切った。
 
 会社は、裁量労働制の適用によって、実際に働いた時間数に即した労働時間管理が適切にできなくなっていたことを正面から認めたのだ。
 
 裁量労働制では、労働時間管理ができないために労災認定がされにくい上に、会社自体も社員の健康状態が管理できないというわけだ。
 
 そして、裁量労働制を廃止した後は、フレックスタイム制を導入するなど、制度の抜本的な改革を行い、一定の成果が見られているという。
 
 ほかにも、長時間労働対策を講じ、Aさんの休職した2018年6月以前のような状況は、2019年5月現在には改善され、具体的に残業時間も減少しているという。
 
裁量労働制への対抗手段としてのユニオン
 冒頭にも記したが、今回の事件は、裁量労働制当事者が労災認定をされ、当事者が記者会見を行った初の事件である。
 
 ただし、これは決して被害者が少ないということを示しているのではない、というのが労働相談に日々接する立場からの実感である。
 
 長時間労働の被害にあっても泣き寝入りしていたり、どのように労災申請をしたり労働環境改善を求めていけるのか、見当もつかない状態に置かれている当事者も多いのではないか。
 
 実際、一人きりで労災申請を準備したり、会社に立ち向かっていくのは、非常に困難なことである。
 
 今回の事件は、裁量労働制の危険性を改めて知らせていると同時に、当事者が立ち上がり、ユニオンでの団体交渉を通じて不合理な職場管理を是正できる好例だ。
 
 ユニオンでは労災で被害の回復も追求できるし、裁量労働制を廃止させることもできるのである。
 
 今回の事件に取り組んだ裁量労働制ユニオンでは、無料相談ホットラインが実施される。「定額働かせ放題」=裁量労働制によって、長時間労働に悩んでいる方や、被害に遭っている方は、ぜひ相談してみてほしい。
 
裁量労働制 労働相談ホットライン
日時:5月18日(土)13時〜17時、5月26日(日)13時〜17時
電話番号:0120-333-774
※通話・相談は無料、秘密厳守。ユニオンの専門スタッフが対応します。
なお裁量労働制ユニオンでは、普段から以下の連絡先で労働相談を受けています。
TEL:03-6804-7650 平日17〜21時/土日祝13〜17時(水曜定休)相談無料
Eメール:sairyo@bku.jp
 
裁量労働制を専門とした無料相談窓口
裁量労働制ユニオン 
03-6804-7650
*裁量労働制を専門にした労働組合の相談窓口です。
 
その他の無料労働相談窓口
NPO法人POSSE 
03-6699-9359
*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。
 
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03-6804-7650
*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。
 
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