風間直樹さん「保育士という報われない職業の過酷すぎる現場 業務量や責任は増えるのに人手が足りてない」 (9/17)

保育士という報われない職業の過酷すぎる現場 業務量や責任は増えるのに人手が足りてない
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風間 直樹 : 東洋経済 記者 2019/09/17 5:40

疲弊した現場から離れていく保育士も多い(写真:maroke/iStock)

幼児教育・保育の無償化が10月から始まる。年約8000億円の予算が投じられ、所得制限なく3歳から5歳の子の保育園や幼稚園の保育料が無料となる。無償化は「認可保育園」や「幼保連携型認定こども園」などに加え、「認可外保育施設」なども対象になる。

国は認可外施設についても、保育士の配置や保育室の面積などの指導監督基準を設けている。ただ認可保育所では原則全員が保育士資格を持つのに対し、認可外施設は3分の1以上が保育士であればよいなど基準は緩い。今回の無償化はその緩い基準すら満たさない施設でも、経過措置として5年間は無償化の対象とされる。「これまで指導や処分の対象としてきた施設を無償化の対象としてしまっては、国が質の低い施設にお墨付きを与えることになりかねない」。保育事故の問題に詳しい寺町東子弁護士は懸念する。

『週刊東洋経済』は9月17日発売号(9月21日号)で、「子どもの命を守る」を特集。親からの虐待や不慮の事故の問題とあわせ、保育園をめぐる問題についてもさまざまな切り口からレポートしている。

保育園などで子どもが死亡したり、大ケガをしたりする重大事故が後を絶たない。2015年から法令上、事故報告が義務付けられたこともあるが、その後をみてもここ数年、保育施設における重大事故件数は急増している。内閣府の調べによると、2018年に全治30日以上の大ケガをした子どもは約1200人に上る。この年の死亡事故は9件で、このうち6件が認可外施設で起きている。2004年からの死亡事故の報告件数の累計では、認可保育所が61件なのに対して、認可外施設は137件と倍以上だ。

保育園はパワハラとサービス残業が蔓延
こうした重大事故の急増の背景の一つに、保育士の不足が挙げられる。待機児童の解消のため、政府は都市部を中心に保育園の整備を急ピッチで進めている。保育士の有効求人倍率は急上昇しており、開園数に対して保育士の確保が追いつかず、経験の浅い保育士が現場で責任を持たされているのが実情だ。

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疲弊した現場から離れていく保育士は多い。「保育士から寄せられる相談で多いのが、職場のパワーハラスメントとサービス残業の強要だ」。保育士等を組織する全国福祉保育労働組合の澤村直書記長はそう話す。同組合に相談したある20代の女性保育士は、園長、主任からの執拗なパワハラで体調を崩し、うつ病とパニック障害と診断されたという。

「役所からの天下りで現場を知らない園長がいて、気に入らないことがあると保育中でも呼び出し、怒鳴りつける。開園7年ですでに30人近くの保育士が辞めている」。40代の女性保育士は、以前働いていた都内の保育園の実情をそう語る。「子どもにケガをさせた場合、通常なら園長や主任が担当保育士と一緒に謝罪する。だが園長がすべて保育士に責任を押しつけた結果、メンタルを病んだ保育士もいる。年度の途中で退職した保育士もいた。辞めるのは年度末というのが保育士文化。待てなかったのは、よほど限界に近づいていたのだろう」。

「17時になると一斉にタイムカードを切らされて、毎日のようにサービス残業をさせられてきた。残業のない保育園はほとんどない。休憩時間をすべて潰しても終わらないほどの仕事量だ。中でも負担なのが事務作業。子どもたちの活動記録や保護者への連絡帳の記入に加え、週ごと、月ごとの保育計画の策定もある。あとは行事関連の手作業。運動会やクリスマス会では、こだわって装飾や衣装を手作りすることが求められる」(40代の女性保育士)。

名城大学の蓑輪明子准教授らが昨年公表した「愛知県保育労働実態調査」で、名古屋市内の認可保育所で働く保育士のサービス残業が月平均13時間に上ることがわかった。回答者の10%弱が月40時間以上の時間外労働をしており、最長だと月135時間に上った。「調査結果はショックだった。保育士にちゃんと残業申請するように伝えたことで実態がよくわかるようになった」。調査に協力した名古屋市内にある「とうえい保育園」の小西文代園長は振り返る。勤務時間内に事務作業ができるよう時間を設けたり、夜に行っていた職員会議を日中に変更したりと、労働環境の改善に取り組むきっかけとなった。

手薄な国の保育士配置基準
「保育時間の延長や安全管理の徹底など、業務量は年々増えている。それなのに国が定める保育士の配置基準は改善が進んでいない。保育士の待遇改善にはこの配置基準の引き上げが欠かせない」。東京・板橋区の「わかたけかなえ保育園」の山本慎介園長は訴える。国が定める認可施設基準では、1〜2歳児で児童6人の保育士1人、4歳児以上だと児童30人に保育士1人が必要とされる。ただ現実的には、「1歳児6人に1人で対応するのは難しい」(山本園長)。

東京都などでは自治体独自の基準に応じた補助金がつくため、国の基準より上乗せして配置できる。わかたけかなえ保育園でも、各クラスで国の基準より1人ずつ増やして配置している。その結果、「残業しなくても業務をこなすことができ、余裕を持って子どもたちと向き合える。ここ数年、離職者はほとんどおらず、よいサイクルになっている」(山本園長)という。

しかし都のような手厚い補助は例外的で、多くの自治体は国基準での運営を余儀なくされている。内閣府は保育施設での相次ぐ事故を受け、事故防止のガイドラインを策定した。睡眠中の観察や食事中の誤嚥防止などだ。しかし、今の配置基準のままでは適切な対応は難しい。「保育園を考える親の会」の普光院亜紀代表は、「本来無償化よりも、配置基準の改善を優先させるべき。ほかの先進諸国と比べても日本は最低水準だ」と話す。

「保育士資格があるのに仕事に就かない『潜在保育士』が多くいる。保育の仕事は楽しくやりがいはあるものの、責任が重く休めず給与も低いため仕事として見合わないと考える保育士が多いのが現実だ。職員の配置基準を手厚くするとともに、人件費への補助を拡充させる必要がある」。元認可保育所園長で保育学を専門とする、浜松学院大学の迫共(さこ・ともや)専任講師は語る。

保育現場の職員の疲弊は子どもの安全や命を脅かすことに直結する。人員配置の厚みを国が保証することは欠かせないはずだ。

 

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