ユニクロ中国過酷労働・潜入調査報告書公表から半年、労働環境は改善したのか。
https://news.yahoo.co.jp/byline/itokazuko/20150905-00049192/
伊藤和子 | 弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長
2015/9/5(土) 19:42
1月15日、ユニクロ下請工場潜入調査記者会見・筆者の隣りはSACOMのチャン氏
■ユニクロ中国下請け工場潜入調査
2015年1月、東京を拠点とする国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ(HRN)は、香港を拠点とするNGO・Students & Scholars Against Corporate Misbehaviour(略称 SACOM)およびLabour Action China (LAC)と共同で、ユニクロの中国下請け工場での労働環境に関する調査報告書、「中国国内ユニクロ下請け工場における労働環境調査報告書」を発表した。
調査報告書及びその後東京で行われた記者会見の内容は広く報道され、衝撃を与えた。
初めて知る方もいると思うので、要約すると、私たちはユニクロ中国下請け工場のうち、2工場に潜入調査を含む調査を行い、その結果、Pacific社工場とTomwell社工場(Luenthai)の2工場において、
● 長時間残業と低賃金~ 残業時間は100時間をはるかに超え、Pacificで月平均134時間、Luenthai(Tomwell社)で月平均112時間の時間外労働が確認された。
● 高温な環境での危険な労働、あまりの高温に上半身裸のまま作業をする労働者が多く、「まるで地獄」「失神する者もいた」との訴え、
● 排水が床にあふれ、感電して死亡する者もいた(ユニクロは病死と主張)
● 有害な化学薬品が使われ、工場にはひどい異臭がするが、労働者の健康を守る対策が欠如している。マスクは支給されるが、あまりに高温で誰も着用することができない。
● 製品の出来が悪いなどの理由で罰金を科され、賃金・手当から控除される。
● 労働者の利益を代弁する労働組合がないため、苦情を言うことすらなかなかできない。
という内容で、まさに「過酷」というものであった。
こちらのヤフー個人でも、「ユニクロ: 潜入調査で明らかになった中国・下請け工場の過酷な労働環境」として、概要を記事配信させていただいたところ、一日で300万以上のPVとなり、大きな話題となった。当時読んで下さった方に心より感謝します。
あの報道から半年以上が経過した。果たして過酷労働は改善したのだろうか。
■ 改善のプロセスが透明性と対話を欠いたまま
調査報告書の発表の直後、株式会社ファーストリテイリング(以後、FR社)は、「誠に遺憾ながら、指摘された長時間労働などいくつかの問題点について事実であることが確認されました。」として、報告書で指摘された過酷な労働環境の一部につき事実を認め、状況改善のためのアクションプランを発表し、関係するNGOとのダイアログを進めると発表。
「CSRアクション」というニュースリリースを1月11日と1月15日に出して、施策の改善を打ち出した。
例えば1月15日のCSRアクションには、以下のような労働環境モニタリング強化・改善策が並べられている。
2015年1月〜
・ 生産部による工場訪問を通して、工場における記録外の残業に対するモニタリングを強化。定められた労働時間に対して適切な内容(発注量、納期)で発注が行われているかを検証
・ 工場内での事故やストライキなど労務トラブル情報がCSR部に即時共有される体制を強化
2015年2月〜
・ 現在は労働環境モニタリングの対象に含まれない素材工場に対しモニタリングを順次導入
・ 外部監査機関およびNGOなどの第三者機関と協働し以下の改善策を実施
・抜き打ち監査および工場外で行う従業員聞き取り調査の頻度を増やす
・従業員による団体交渉権行使を支援
・従業員代表者の民主的な選出、定期的な労使間交渉の実施を監査基準に含む
・工場経営者および工場従業員に対し、労働者の権利に関する研修を提供
2015年3月〜
・ NGOや他の第三者機関との連携により、工場従業員がファーストリテイリングに対し、工場の労働環境に関する問題を直接告発できるホットラインや、緊急時に工場従業員を保護する制度を順次導入
FR社による労働環境の改善措置に関するアクションプランの公表の後、ヒューマンライツ・ナウとSACOMは1月19日、3月3日の2回にわたり、FR社と対話を行った。ヒューマンライツ・ナウでは、対話の内容について市民社会にも公表したいと考え、議事録を公開し、一回目の対話の後は記者会見も開催した。
しかし議事録を見ていただけるとわかるが、話はかみ合っていない。項目が掲げられているが、事実関係、原因究明、原因究明を踏まえた効果的な改善策の策定・実施というプロセスが対外的に公表されず、透明性が低いことに問題があるのだ。
ヒューマンライツ・ナウとSACOMでは、2015年2月には、共同声明「ユニクロ製造請負工場・短期的改善を超えた抜本的解決を」を発表し、FR社に対し、国際的な労働基準に基づき、以下の施策をとるよう要請した。
1.工場に対する調査結果の公表を含め、アクションプランの進捗結果に関する情報の詳細を公表することを通じて、透明性を確保すること。
2.ユニクロのサプライヤーに対する低い発注額を是正すること
3.2015年6月までに、少なくともユニクロのサプライヤー5社において、非営利の労働者の権利擁護団体の参加を確保したうえで、民主的な工場単位の労働組合の結成の促進および、労働者のトレーニングを実施すること
4.ユニクロのサプライヤーにおける労働環境モニタリング体制を再検討し、改善すること
5.ユニクロのすべてのサプライヤーのリストを公表すること
6.建設的で誠実な対話を市民団体と進めていくこと
しかし、2015年3月3日以降、FR社はSACOM・ヒューマンライツ・ナウからの要請にも関わらず両団体との実質的な対話を実施せずに今日に至っている。「労働者のトレーニングを実施するなら、SACOMとしてもそれが適切なものか、現場に立ち会って確認し、感想や気づいた点をアドバイスしたい」とSACOMが申し出たにもかかわらず、FRはこれを認めなかった。
NGOと対話をしながら改善を進めていくという当初の姿勢はどうなったのだろうか?
特にヒューマンライツ・ナウでは、企業のリスク管理やコンプライアンス、第三者委員会等の実務を担うプロフェッショナルな弁護士たちが、対応窓口につき、建設的な交渉をしようとしてきただけに、私たちは大変残念に思っている。
■今年7月に公表した経過報告 二工場について
こうして、私たちが対話を求めても応じない代わりに、FR社は2015年6月下旬、進捗状況に関する報告を7月中に公表すると連絡してきた。その7月も押し迫った7月31日、FR社は、再び「CSRアクション」と題するリリースを発表し、私たちが調査した中国下請け工場(Pacific社工場及びTomwell社工場)おける労働環境モニタリングの強化、及び労働環境の改善のためにFR社が取った措置を報告した。
この「CSRアクション」において、FR社が、調査報告書で過酷労働を指摘された2つの下請け工場において、労働環境改善のための措置を取ったとしている。しかし、進捗状況や改善を裏付けるような詳細な情報は公開されていなかった。改善がわかるような写真なども特にないので、関係者以外には、「本当に改善したのか? 」わかるすべもない。
そこでSACOMは、CSRアクション公表後にフォローアップ調査を実施、SACOMはFR社が取ったと報告する措置が、現場では実際には実施されていないことを示唆するいくつかの情報を得た。SACOMが入手した情報は下記の通りだった。
●違法時間外労働
労働者の賃金と労働時間に関して、「CSRアクション」では、両工場は法令に従い時間外労働の賃金を支払い、毎週1日の休日を提供しているとされている。しかし2工場の基本賃金と出来高賃金は非常に低いままである。結果的に、時間外労働による給料はそれまでと同様、労働者にとって月給の重大な部分を占めており、労働者は適正な賃金を得るために時間外労働をしなればならない。
Pacific社工場とTomwell社工場の労働者によると、生活するためには毎月Pacific社工場では約80時間、Tomwell社工場では約100時間の時間外労働が必要であるという。1月の調査では、Pacific工場で月平均134時間、Tomwell社工場(Luenthai)で月平均112時間の時間外労働であったが、結局少ししか短縮・改善されておらず(特にTomwell社)、いずれにしても、法定労働時間を大幅に超えている。
●労働者の健康と労働環境
現在では、Pacific社工場においては、ホコリにさらされる労働者に対し無料の健康診断が定期的に提供されている。
また、CSR Actionによると、Tomwell社工場においては、規定以上の粉塵が確認された工程で働く労働者に対して8月末までに健康診断を提供するとされている。
高温で、化学物質による健康影響が懸念される2工場の労働環境について、私たちの報告書公表後に、Pacific社工場は、窓の工事と修復を始め、通気性を改善し、工場内の気温を下げ、排水溝を増やした。また、Tomwell社工場は、気温を下げるためのエアコンを設置し、労働者に配布するマスクを防塵性のものに変更した。これらは確かに一定程度の改善ではある。
しかし、Tomwell社工場の裁断部門の労働者によると、監査が来る時だけ防塵マスクが配布されるという。これはFR社の公表と矛盾している。
何より、どのような化学物資が2工場で使われていたかはまだ明らかになっていない。私たちは1月の調査報告書で、使用されている化学物質がなんであるかを特定・公表し、それに応じた適切な健康対策を打つように勧告したが、労働者にも未だにどんな化学物質を使用しているかを明確にしていないということでは、いまだ健康影響への重大な懸念がある。
FR社の2/18付けCSRアクションには、「安全性と防護服・防護具の必要性について工場労働者への研修を導入済み」とあるが、健康リスクを十分に明らかにしたうえで労働者に対する健康被害を防ぐための措置が講じられているのでなければ、十分な措置が講じられたとは評価しえない。
●労働組合の選挙は名ばかり
2工場の労働者によると、労働組合代表の選任は形式的・名ばかりのものであった。
Tomwell社工場の労働者によると、労働者代表は労働者によって直接選挙されるのではなく、経営陣側に都合のよい人間が経営陣によって選ばれ、他の労働者が立候補できない状況で、経営陣が労働者全員に対して、その人物に投票するよう求めたという。
また、Pacific社工場の労働者によると、経営陣と労働代表との間で委員会会合が開催されたものの、労働者自身は労働代表選出の投票プロセスに関与する権利を与えられなかったという。
●FR社への要請
私たちはFR社に対し、NGOに対する労働者の訴えを重く受け止め、事実調査のために再度2工場を訪問して、改善状況を確認することを求めている。FR社は、結果を明確にわかるように公表して説明責任を果たすべきである。
私たちは特に、
1) 労働者が違法な時間外労働をしなくても適切な賃金を得られるよう、2工場の基本賃金と出来高賃金を増額させるためにあらゆる努力を尽くすこと
2) 労働者の環境改善のための施設面での改善や防護措置をとること
3) 2工場で使用されている全ての化学物質を一般市民及び労働者に対して公開し、労働者の健康のために必要な措置をとること
4) 労働者の意思に基づき、公正な選挙によって組合代表が選ばれるようにすること
を求めた(8月21日付け共同ステートメント)。
残念ながら、この要請に関するFR社からの回答は今のところない。
私たちの労働者の権利侵害や過酷労働への懸念は今も払しょくされていない。
FR社には私たちが提起した問題に目をつぶったり無視することなく、誠実に対応し、改善を進めてほしい。
■ 2工場を超えた下請け工場すべてにおける改善
過酷労働は、たまたま私たちが潜入調査した工場に限らず、発生しうるのであり、グローバル企業は、サプライチェーン全体を通じて、人権侵害・過酷労働がないように努める責務がある。
私たちは、2工場の枠を超え、すべての生産現場で労働環境を改善するための施策として、
・監査体制の改善、・施策の公表と透明性の確保、・サプライヤー・リストの公開、・低い発注額の見直し
を求めてきた。
●監査体制
このうち、下請け工場において労働環境に問題がないかをチェックする監査体制について、FR社では、これまでになかった、事前予告のない抜き打ち監査、ホットラインなどの施策を打ち出したことはある程度評価できるであろう。
ただし、これが実際実施されているかといえば、SACOMが労働者たちに聞いた情報によれば、
抜き打ちであるはずの監査があることが前日に労働者に知らされていた工場もあるといい、今後も検証していく必要がありそうである。
FR社は7月、今後の監査に関して、国際NGOであるFair Labor Association(FLA)と提携する決定をしたとアナウンスしている。このNGOは企業の委託を受けて工場の人権状況や労働環境を監査しているが、企業寄りでなく公正に、特に仮借なく問題を指摘することで知られており、監査結果も詳細にオープンにしている。
アディダス、アップル、ネスレ、アパレルではH&Mなどが、FLAの監査を受け入れ、説明責任を果たそうとしており、ヒューマンライツ・ナウで行う企業研修等の機会でも、サプライチェーンにおける人権侵害是正のために、ひとつの方策として推奨している施策である。
FR社が現実にこれを進めていくのであれば、監査結果を透明性の高い方法で公表する意思を示すものとして、私たちは評価する。
しかし、FLAのウェブサイトには本日(2015年9月5日)時点で、参加企業としてFR社はまだ掲載されていない。
ただ、いずれにしても、監査CSRに関わる取り組みの透明性と説明責任の確保はFLAへの委託だけで終わるものではない。私たちもFR社の内部及び外部の監査結果を引き続き注視していきたい。
●サプライヤー・リスト
一方、私たちが要求したサプライヤーリストの公開については何ら回答していないことも残念である。全てのサプライヤー(下請け工場や素材・原材料工場など)を公表することを通じて、産業としての透明性を高めることは、下請け工場における人権侵害がブラックボックス化しないための重要な施策であり、企業の説明責任・透明性を示す重要な指標である。
アパレル産業の国際的大手では、H&Mなど、著名ブランドが責任あるサプライヤー管理のために、サプライヤー・リストの公表を次々と進めている。参照・H&Mサプライヤー・リスト
また、アップル、アディダス、ナイキなど、過去に過酷労働などが社会問題となったグローバル企業も同様である。
FR社には、是非サプライヤー・リストの公表を進めてほしい。
●生活賃金・発注価格
今回発表されたCSRアクションにおいては、発注価格の見直しや生活できる賃金への改善については触れられていない。
FR社からは、今年4月にメールにて、「発注額は原料価格や労働市場の動向など様々な要因を踏まえ、FRと工場との交渉によって決められております。賃金の決定権は工場にあり、他ブランドの発注もあるため、当社の発注価格と賃金の明確な相関関係は見出せておりません」との回答をヒューマンライツ・ナウが受け取っている(FRウェブサイトには未公表)。
しかし、残業時間だけ減らし、低賃金のままでは、生活できないため、違法な長時間残業が横行する原因を根絶することができない。
「他ブランド」などというが、国際的なアパレル・ブランドのうち、H&M、GAP、INDITEXなどは下請け工場労働者の生活賃金保障のためのアクションプランを定めていることからみれば、ユニクロも同様の施策を打つべきではないか。
■ 今後に向けて
FR社が、Pacific社工場とTomwell社工場を含めた下請け企業の管理を、国連「ビジネスと人権」指導原則に基づいて、責任もって実施するよう、ヒューマンライツ・ナウは、パートナー団体である、SACOMおよびLabour Action Chinaとともに、引き続きFR社の行動を監視し、建設的な提案を行っていく予定である。
また、ヒューマンライツ・ナウは4月にはユニクロ・GUのカンボジアのサプライヤーでの過酷労働に関し、労働者へのインタビュー結果を公表したが、FR社が事実を否定しており、この件は別途報告したい。
FR社には、より包括的な対策に向けた議論をするため、私たちNGOとの協議を再開することを改めて求めたい。
また、こうした問題を改善に導くには、人々の関心、そしてメディアの報道などによる社会的なモニタリングが欠かせない。1月には、報告書公表直後に確認したものだけでも、非常に多くのメディアに取り上げていただいたが、改善をさらに進めるには継続的な人々の関心や報道が鍵を握る。日頃よりユニクロ等の服を買っている人、買おうかなと思っている人たちにも、是非関心を持って、話題にしてほしいと思う。
■ 他企業にとっても決して他人事ではない。
ところで、私たちのゴールは、ユニクロだけでなく、すべてのブランド・すべてのグローバル企業が人権を遵守することである。
2011年に国連人権理事会が決議した、国連「ビジネスと人権」指導原則は、ビジネスのすべてのプロセスで人権を尊重するための「人権デューディリジェンス」の責任を企業に課している。
今年6月に開催されたG7エルマウ・サミットの首脳宣言は、
責任あるサプライチェーンという項目を掲げ
我々は,国連ビジネスと人権に関する指導原則を強く支持し,実質的な国別行動計画を策定する努力を歓迎する。我々は,国連の指導原則に沿って,民間部門が人権に関するデュー・ディリジェンスを履行することを要請する。
など長文にわたる首脳の総意を表明しており、この問題に関する国際社会の今後の取り組みが強化されていく方向となっている。
特に、日本を拠点に置く企業は、2020年の東京オリンピックに向けて、国際社会からその人権に関する取り組みが厳しく問われていくことになるだろう。ユニクロの過酷労働問題は決して他人事ではない。
今後、私たちヒューマンライツ・ナウだけでなく、様々な国際NGOが日本企業のサプライヤーにおける人権問題を指摘していくことが予測される。過酷労働が第三者機関によって発覚するのを待つ前に、自ら国際水準に基づく対策を講じてほしい。
日本企業の多くが、単に人権指針を採択するなどの施策にとどまっている状況であるが、抜本的な対策が求められている。
そのためのヒントの一部は、この本文でお伝えしたつもりである。
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伊藤和子
弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長
1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。
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人権は国境を越えて-弁護士 伊藤和子のダイアリー