嶋崎量弁護士「公立学校教員への1年単位の変形労働時間制導入は社会にとっても有害無益」(11/5)

公立学校教員への1年単位の変形労働時間制導入は社会にとっても有害無益
嶋崎量 | 弁護士(日本労働弁護団常任幹事)
https://news.yahoo.co.jp/byline/shimasakichikara/20191105-00149587/
2019/11/5(火) 0:19

〔写真〕文科省への署名提出の場面

 政府により、公立学校教員に1年単位の変形労働時間制導入改正案が提起されています。 
政府はその狙いとして、夏休み等の長期休業期間に「休日のまとめ取りのように集中して休日を確保すること等が可能となるよう」にすることを目的としています(法律案概要より)。
これに対しては、常態化する教員の長時間労働を肯定し維持することにつながると、現職教員やその支援者が反対の声をあげており(私も呼びかけ賛同人の1人)、ネット署名で3万3000人以上もの署名(本記事公開時)が集まっています(記事の写真は署名提出時のもの)
本当に、政府の説明通り、一年間の変形労働時間制導入で、休日のまとめ取りが期待できるのでしょうか?
弊害はないのでしょうか?
本稿では、法律実務家の立場から、労働法制法上、教員に長時間労働が生じる要因について分析しつつ、この改正案の問題点を検討します。

長時間労働の元凶は?
法制度上、教員の長時間労働を生み出す諸悪の根源は、給特法で給料月額4%に相当を支給する代わりに残業代を支払わず、超勤4項目(校外実習等、学校行事、職員会議、非常災害等)を除き時間外労働を命じることはできない、現実から乖離した制度にあります。
恒常的な時間外労働(例えば部活指導、補習)が常態化しているのに、教員の「自発性」による業務遂行である(民間ではあり得ない)と「労働」とさえ扱われない!これが、使用者による労働時間管理の意識を鈍磨させ、教員に過大な業務を命じることにつながり、長時間労働が蔓延する元凶なのです。
そこにメスを入れず、長時間労働の是正は不可能です。

残業代の趣旨
そもそも、労基法37条が使用者に残業代の割増賃金支払を強制する趣旨は、長時間を抑制することです(割増賃金を支払うコスト増加を避けるため、真剣に時短に取り組む)。
ですが、公立学校教員には残業代が支払われず、使用者が見合うコストを払わないため、無分別にあらゆる仕事を教員に押しつけ、教員のやり甲斐搾取を前提に、学校教育を成り立たせてきました。
残業代の持つ本来的意味からすれば、残業代を払わない使用者が、無分別に労働者に長時間労働を強いるのは当然のことです(だからこその法規制)。
実際に、長時間労働が要因となる過労死事案の圧倒的多数では、使用者は労働者に対して、本来支払うべき残業代を支払っていません。私自身、労災認定されるような多数の長時間労働により健康被害が生じた事件を担当してきましたが、全ての事件で残業代不払いがセットになっています。
これは、労働問題を扱う弁護士の中では、常識の部類の認識でしょう。

休日まとめ取りに変形労働時間制導入は不要!
私は、変形労働時間制導入により、目的とされる「夏休み中の休日のまとめ取りのように集中して休日を確保」が実現できるのであれば、それ自体については賛成です。
やらないよりはマシですから。
ただ、その目的達成のため、変形労働時間制導入など不要です。
現行法制度上も、夏休み期間中などにまとまった休暇として、勤務を割り振らない日を作ることは可能です。
この点を、根本から誤解して議論している方が多いのではないでしょうか。
実際に、文科省もこのまとめ取りを推進しています(令1.6.28元文科初第393号 「学校における働き方改革の推進に向けた夏季等の長期休業期間における学校の業務の適正化等について(通知)」 )ので、それで十分です。
休日のまとめ取りを実現するため、変形労働時間制導入など不要で、そもそも導入する必要性(立法趣旨)がないのです。

むしろ変形労働時間制導入の弊害あり
変形労働時間制とは、ザックリ説明すると、労働時間の規制を1日単位(1日8時間労働)を、年単位・月単位で計算できるよう、労働時間規制を緩和する制度です。
通常は、労基法が定める法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える労働は残業となります。例えば、週50時間労働の場合、10時間の残業があることになります。
ですが、1年間の変形労働時間制(労基法32条の4)が導入されると、夏休みなどの所定労働時間を減らす代わりに、新たに繁忙期(学期中等)における所定労働時間(働くと約束した時間)を増やすことができてしまうのです。
学期中、実際に働く時間は変わらなくても、これまで残業だったその期間の残業時間を減らず(みせかけの残業時間削減)ことが可能になるのです。
他方で、教員が本当に夏休みなどに休みのまとめ取りができる保障など何もありません。 現在も、教員は夏休み多忙であり、日頃から「自発」なものだとして部活・補習など時間外労働を恒常的に行っています。変形労働時間制が導入されたら、突如として夏休みに休みがまとめ取りできるのか、現在学校現場で夏休み等に教員に課されている業務が無くなるのか、のような期待はもてません。
むしろ、変形労働時間制導入により、教員の「自発性」による業務遂行であるという非常識な理屈で、部活動指導等が「労働」とさえ扱われない現状が法制度上も追認され、補強されかねないのです。
ですから、違法な現状が一部追認され、他方で、(本当の残業時間は削減していないのに)みせかけの残業時間削減により、「何か対策をやった感覚」だけが残り、真剣に現状の長時間労働を見直す機運が鈍る危険性があるのです。

本来、教員に導入すべき制度ではない
現在、法律上、公立学校の教員には1年間の変形労働時間制は適用できないことになっています(地公法58条4項が変形労働時間制を適用除外とする)。本改正は、地公法で敢えて適用除外とする変形労働時間制(労働時間規制を緩和する制度)を、長時間労働是正が問題となる教員に適用できるようにしようとするものなのです。
労基法上も、一年間の変形労働時間制は長時間労働の職場で濫用されるリスクが高いため、恒常的な時間外労働がない事業所で適用されることを前提とした制度です(平6.1.4基発1号「労働基準法の一部改正の施行について」)。
既に民間職場などで変形労働時間制は導入され、その労働時間規制緩和により、長時間労働が生じているのが現状です。変形労働時間制の方が、通常の制度よりも労働時間が増えるとの調査(労働政策研究報告書No.128仕事特性・個人特性と労働時間・平成23年3月4日)もあり、これは事件を通じて私が感じる実感とも合致します。
この点、教員は夏季休暇中においても研修や部活動等に忙しく、時間外労働が生じているという多くの声が上がっており(調査結果あり)、教員に導入することは本来の制度趣旨に反するのです。
変形労働時間制導入により、繁忙期の長時間労働がなくなるわけではなく、むしろ繁忙期の所定労働時間での違法な運用が肯定され黙認・放置されるリスクが高まります。

労使協定の締結無しの導入はあり得ない
労基法上の1年単位の変形労働時間制は、労働時間規制を大きく緩和するものであり労働者に与える影響が大きいため、当事者である労働者の意見を反映させるべく、職場の過半数代表者等との労使協定の締結を要件としています(労基法32条の4)。
ですが、改正案では労使協定ではなく条例で定めることになり、労使協定の締結が要件となっていません。ここは公務労働独自の難しい議論があるので立ち入りませんが、従来の公務員の勤務条件に関する運用状況・法理論(勤務条件法定主義等)から、現在の法案が成立した場合、条例で実際に労使協定締結を定めるケースなど考え難いでしょう(なお、理論上は労使協定の導入は可能であり、万が一でも一年間の変形労働時間制を導入するならば、職場の声を反映できる労使協定を必須要件とするのが最低条件でしょう)。
そうすると、現場の教員の反対があっても、その意見を聴かず、学校長の判断等だけで、一方的に所定労働時間を割り振りする(学期中などの労働時間増加)が可能となってしまうのです。
労働基準法は労働条件の最低基準を定める法律で、そこで変形労働時間制導入について労使協定を要件としています。それなのに、労使協定を要件とせず教員に導入されてしまう(=労働時間規制の緩和)など、あってはならないことです。

本来やるべき対策は?
教員でも他の労働者で、長時間労働の是正でやるべき課題は単純明快で、業務改善(業務負担軽減、業務効率化など)、人員の補充です。
政府は、教員の長時間労働是正の必要性は認識しているのですから、本来必要である対策、教員の業務負担軽減・効率化や、教員の増員(とりわけ、差別的処遇の問題がある非正規教員の増加で小手先の対応をせず、正規教員を増加させること)に取り組むべきです。
そして、このような政府の抜本的な対策に取り組む熱意を奪う元凶である、異常な給特法の規定(給料月額4%に相当を支給する代わりに残業代を支払わず、超勤4項目を除き時間外労働を命じることはできないとする制度)に対して、真剣に議論をしなければなりません。
もちろん、そのコストは、私たち社会全体が負担することになりますが、本来支払うべきなのに免れていたコストですから、それはやむを得ないでしょう。

被害者は誰か?
教員の長時間労働について、残業代がきちんと支払われず、教員の労働時間とやり甲斐が奪われる代わりに、その利益を享受してきたのは、私を含む社会全体です。
多くの教員が長時間労働に苦しみ、志半ばにして職を辞する方もいます。教員という仕事に憧れを抱きながら、教育実習などで教員の職場実態を目にしながら、教員への道を断念する方のお話も耳にします。
こういった現状が、中長期的には、教育の質低下につながるであろうことは、容易に想像がつくことです。
教員の長時間労働が放置されることで被害を受けるのは、第一次的には長時間労働による健康被害や生活時間が奪われる当該教員(やその周りの方々)です。
ですが、教員志願者の減少が大きな社会問題となり、教員の質低下も危惧される中、私たち社会全体も不利益を被ります。この点を強く自覚して、社会全体の共通課題として、教員の長時間労働是正に取り組まねばならない時期がきています。
私たちは、一年間の変形労働時間制導入などという空虚な理屈で、政府が本来取り組むべき課題から目を背けることを許してはならないのです。
【2019/11/05 8:56 2箇所誤記訂正しました】

嶋崎量
弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1975年生まれ。神奈川総合法律事務所所属、ブラック企業対策プロジェクト事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、反貧困ネットワーク神奈川幹事など。主に働く人や労働組合の権利を守るために活動している。著書に「5年たったら正社員!?−無期転換のためのワークルール」(旬報社)、共著に「裁量労働制はなぜ危険か−『働き方改革』の闇」(岩波ブックレット)、「ブラック企業のない社会へ」(岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)、「企業の募集要項、見ていますか?−こんな記載には要注意!−」(ブラック企業対策プロジェクト)など。
 

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