大和田敢太さんに聞く「問題はパワハラだけでない 日本型雇用の見直しが必要」 (11/24)

問題はパワハラだけでない 日本型雇用の見直しが必要
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2019/11/24 デンシバ Spotlight

日本では「パワハラ」が定着してしまっている

パワーハラスメント(パワハラ)を巡る議論が盛んになっています。パワハラ防止を企業に義務づける法律が2020年に施行されるのに向け、厚生労働省では具体的な指針作りが進んでいます。ただ、世界的に見るとパワハラに特化した日本の議論はやや特殊なようです。

そもそも「パワハラ」は01年にコンサルタント会社が提唱した和製英語です。英語では「Workplace Bullying(職場のいじめ)」がありますが、これは上下関係に限りません。

欧州やカナダでは2000年代初頭から、職場のハラスメントを規制する法律が作られました。国際労働機関(ILO)も19年にハラスメント禁止条約を採択しています。滋賀大の大和田敢太名誉教授は「これらの決まりは人の尊厳や権利を損なう行為を禁止するという前提に立つ。上司から部下、部下から上司、同僚間、インターン学生などとの関係性を包括する」と話します。

部下の心を折る上司 4つのタイプとは?

米国には人種や宗教、性、年齢などを理由にした差別を禁止する法律があり、こうした理由によるハラスメントは違法な差別として救済されます。一橋大の中窪裕也教授は「最近は一部の州で職場のいじめ防止の法律も作られているが、パワハラに特化した法律はない。米国では差別以外の規制は弱いが、嫌な職場は辞めるなど、雇用の流動性により解消されている面もある」と話します。

日本のパワハラ防止法では、パワハラを(1)職場での優越的な関係を背景に(2)業務上必要かつ相当な範囲を超え(3)労働者の就業環境が害されること、と要件に定めました。厚労省の検討会では「上司から部下」ではないハラスメントもあるという異論も出て、指針案で「優越的な関係」に同僚や部下も含むと補足しています。

なぜ、日本では上司から部下を主眼に置いたパワハラが特に問題となるのでしょうか。労働政策研究・研修機構の高橋康二・副主任研究員は「日本の雇用システムと、管理職の多忙化が影響している」と指摘します。

新卒一括採用や年功序列は、年齢に一致した権力関係を生みます。仕事を通じた教育訓練(OJT)は、指導といじめの区別をつきにくくします。職務の範囲が不明確な労働契約では、上司の裁量が大きく、業務量を過大にしたり過小にしたりしやすいといった問題もあります。

「かつてはうまくいっていたこうしたシステムも、グローバル化による競争激化や人員削減などで管理職の負担が重くなると悪い方向に動きやすい」と高橋氏は指摘します。日本のパワハラに潜む、雇用システムの疲弊にも目を向けていく必要がありそうです。

大和田敢太・滋賀大学名誉教授「包括的な法整備が必要」

セクシュアルハラスメントやマタニティーハラスメント、カスタマーハラスメント……。日本では様々なハラスメントが問題になっています。どう対応していけばいいのか、世界のハラスメント規制に詳しい滋賀大学の大和田敢太名誉教授に話を聞きました。

――厚労省の指針案をどう評価されていますか。

大和田敢太・滋賀大学名誉教授
「指針案は、5月に成立したパワハラ防止のための法律に基づいて議論がされています。私は、そもそも法律自体に欠陥があると考えています。法律ではパワハラについて職場での優越的な関係を背景に、業務上必要かつ相当な範囲を超え、労働者の就業環境が害されることを要件に定めています。これはグローバルスタンダードとはかなりズレたものです」

――国際的な議論とはどのように異なりますか。

「まず優越的な関係についてです。ILOが19年に採択したハラスメント禁止条約は、優越的な関係の有無を前提としていません。ハラスメントは上司から部下にだけなされる訳ではありません。部下から上司の場合もありますし、同僚間の嫌がらせもあります。さらには顧客から社員への嫌がらせもあるわけです。欧州ではこうした様々なハラスメントを包括して禁止するのが通常です。日本のパワハラ対策法は、上下関係に重点を置きすぎて極めて限定されたものになっています。厚労省がこのほど示した指針案では、『優越的な関係』に同僚や部下も含めて解釈していますが、実際に裁判になれば実効力を持つのは法律です」

――日本では「業務上必要かつ相当な範囲」という要件も注目されています。

「日本には仕事で必要な教育や指導ならしかたがない、という考え方があります。だから、良いパワハラと悪いパワハラがあるといった議論にもなります。『パワハラにならないためのセミナー』といった加害者目線のセミナーも活況です。しかし、ILO条約や欧州の法規制では『ハラスメントの目的または意図』は問われません。どのような目的であっても、ハラスメントはしてはいけないのです。日本でも、学校で教師が指導の結果、児童・生徒を死亡させれば、教師や学校の責任が問われます。同じように、職場の指導や研修でも加害者や会社に責任が問われるべきです」

――パワハラやセクハラなど様々なハラスメントを日本でなくしていくには、何が必要でしょうか。

「法整備としては、ハラスメントについての包括的な法律が必要でしょう。今は、セクハラは男女雇用機会均等法、マタハラは育児介護休業法など法律もバラバラになっています。例えば、セクハラを訴えた女性が上司からパワハラされるなど、ハラスメントには複合性があります。今のままでは、どんなハラスメントに当たるのか被害者が判断しにくくなっています」

「労働慣行の見直しも必要でしょう。日本では『社員は家族』と言っている経営者が、書面による契約をなさず労働者の権利をないがしろにするといった事例もよくあります。労使の対等性を明確にした労使関係を確立しなくてはいけません。ハラスメントを個人間の問題ではなく、組織全体、社会全体の構造問題としてとらえていく必要があるでしょう」

(福山絵里子)
 

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