竹信三恵子さん 「育休」とったら正社員に戻れなくなった女性の「意外すぎる結末」(1/2)

「育休」とったら正社員に戻れなくなった女性の「意外すぎる結末」
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竹信三恵子 2020/01/02(木) 9:01配信 現代ビジネス

「育休」とったら正社員に戻れなくなった女性の「意外すぎる結末」

写真:現代ビジネス

■マタハラ事件・東京高裁で「衝撃の判決」

 働き手にとって2019年の明るいニュースといえば、ILO(国際労働機関)が「仕事の世界における暴力とハラスメント撤廃条約」を採択し、国内でもパワハラ、セクハラ、マタハラ(妊娠・出産をめぐる嫌がらせ)に対する「ハラスメント規制法」が成立したことだろう。

 職場でのいじめや嫌がらせはこの間、個別労働紛争相談のトップを占める深刻な労働問題となってきたからだ。

 だが、そんな機運に冷水を浴びせるかのような「伏兵」が、関係者に衝撃を与えている。

 2019年11月のマタハラ事件東京高裁判決だ。

 ここでは、ハラスメントを証明する必須の手段、とされてきた録音行為が服務規律違反とされるなど、働き手の権利の行使を封じ込めかねない考え方がいくつも示されたからだ。

〔写真〕12月24日、東京高裁前でリレートークする女性たち

■正社員復帰を求めたら会社から訴訟…?

 12月24日、東京高裁前に、「育休切り手法に裁判所がお墨付き⁈」の横断幕やプラカードを掲げた女性たちが並び、高裁判決に抗議するリレートークを繰り広げた。

 呼びかけたのは、フリーランスへのセクハラや女性の労働問題に取り組む労組、マタハラ被害者たちによる「マタハラNet」などのメンバーだ。このような抗議行動が起きた背景を、まず、地裁・高裁の判決文から追ってみよう。

 原告は、語学学校を運営する「ジャパンビジネスラボ社」の社員の女性講師だ。2013年に出産したが、育休期間中に保育園が見つからず、会社に相談した。

 同社では育休明け社員のためとして、正社員と同じ週5日勤務の短時間正社員制度と、有期で週3日の契約社員制度などを設けていた。

 その制度説明に「本人が希望する場合は正社員への契約再変更が前提」と記載され、例として「入社時:正社員(育休)→育休明け:契約社員→(子が就学)→正社員へ再変更」とあったことなどから、女性は、週5日で働く環境が整えば正社員に戻れる約束と考えて、週3日の契約社員の契約書に署名。

 育休明けの2014年9月から働き始めた。

■雇い止めを通告された

 その直後、通勤経路の途中に保育園の空きがみつかり、女性社員は正社員復帰を求めた。会社は、現段階では考えていないと回答、復帰のめども示さなかった。

 不安になった女性社員は、社長や上司などの気になる発言について録音を取り始め、労働局への相談や、女性ユニオン東京に加入しての交渉も始めた。

 女性社員が「労働局に相談に行く」と話すと、会社側は「私の感覚では戻るということは波風を立てないということが一番クレバー」「それをされると(原告が)どんどん戻りにくい関係になっていくよ」などと言い、2015年5月、東京地裁に女性が正社員でないことの確認を求める労働審判を申し立てた。

 だが同年8月には、これを取り下げて1年契約が満了する9月1日付の雇い止めを通告し、「女性は社員ではない」との確認を求める訴訟を東京地裁に起こす。

 これを受け、正社員としての地位確認を求めるため、女性社員も同年10月、同地裁に提訴することになった。

■「不利益変更」にはあたらない

 この訴訟が特に注目を集めたのは、育児休業明けの正社員を短期契約の契約社員に転換し、期間満了をもって契約更新を拒否することで「解雇ではなく契約の終了」としてクビにする手法が目立っているからだ。

 正社員のままの解雇は、妊娠・出産などが理由の不利益変更を禁じた男女雇用機会均等法や3歳児未満の子に短時間勤務を義務付けた育児介護休業法などに反する恐れが高い。

 これを避けるため契約社員というトンネルを設ける手法が、裁判でどう判断されるか、という関心だった。

 だが、判決は一、二審とも、正社員復帰の判断は会社次第ということを明示しなかった会社側の対応は問わず、「本人が希望する場合は正社員への契約再変更が前提」の文言は「希望すれば正社員に変更」という意味ではなく、「会社が再契約しないと正社員には戻れない」という意味であり、女性社員もそれを了解していたとして、正社員への復帰を認めなかった。

 契約社員転換後の月収は48万円から10万6000円に下がり、不安定な有期雇用となる。

 だが、女性は契約社員制度を「選ぶ」ことで正社員の長時間労働を避け、働き続けることができたのだから、転換は均等法の「不利益変更」にはあたらないという考え方も示された。

 とはいえ一審の地裁判決では、短時間正社員の制度を設けながら、育児休業明けの女性に対し、正社員と同じ1日7時間労働や最も遅い場合で午後11時までの働き方を求めたり、看護休暇があるのに子どもが病気でも欠勤しないよう家族の援助体制を整えるよう求めたりした会社側の対応を不誠実として、会社に対し損害賠償の支払いを命じた。

 雇い止めについても合理性がないとして無効とし、契約社員をクビへのトンネルにする手法に、かろうじて歯止めはかけた形となった。

■自己の都合のみを主張…

 だが、二審の東京高裁は原告全面敗訴の大逆転となり、原告は最高裁に上告した。

 逆転はなぜ起きたのか。

 地裁と高裁の判決文を比べると、その分岐点が見えてくる。それは、働きやすい労働条件を求めて会社と交渉する権利を持つ社員を前提とした地裁判決と、会社の要求に限りなく従うべき社員を前提とする高裁判決、という「労働者観の違い」だ。

 たとえば、地裁判決では、労使交渉での会社側の対応の硬直性を不誠実とし、「働き方の多様性を甘受するかのような姿勢を標榜」しつつ、「実際には会社の考えや方針の下に原告の考えを曲げるよう迫り(中略)原告の姿勢を批判・糾弾」したと批判している。

 一方、高裁は、原告が、正社員復帰に伴い育児との両立がしやすいように土日勤務などクラス担当の曜日等の配慮を求めたことについて「全く現実味のない」ものとし、原告が会社の要求する正社員の働き方に沿えないにもかかわらず「自己の都合のみを主張」したとする。

 だが、こうした見方は、いまの企業の動向を知らなすぎるのではないか。

 時短勤務者のキャリア継続を支援する取り組みとして土日の勤務を促す企業は少なくないし、原告の提案も、土日勤務を敬遠する社員の増加に配慮した申し出と考えられるからだ。

■会社側発言の「録音」は服務規律違反

 また、ハラスメントの証拠を確保するための録音についても、地裁は、会社の機密情報の漏えいを防止するための録音禁止は合理性があるが、今回の録音はそれに該当せず、労使紛争での証拠としての録音の必要は社会通念、との判断を示した。

 だが、高裁判決では、録音は執務室内での講師同士の自由な意見交換の妨げになり「環境悪化」を招くため、会社側が禁止を指示したことは合理的とし、これを振り切って録音したことは、会社に実損がなくても「服務規律に反し、円滑な業務に支障を与える行為」として雇い止めを合理的とした。

 さらに、労組への伝達のためなら録音がなくてもメモ書きでも足り、録音は、マスコミに情報を流すなど「交渉材料」に「有利な会話」を収集していただけ、と切って捨てた。

 マタハラにとどまらず、ハラスメントは外部の目が及ばない密室で行われることが多い。

 そのため、録音がなければ裁判などで事実を証明することは難しい。地裁が「社会通念」としたのはそのためだ。

 高裁判断のように、会社の機密にかかわりない録音まで禁止することが当然とされれば、証拠保全のため録音しようとすると裁判所から服務規律違反とされ、録音がないと、同じ裁判所から「証拠がない」と排斥されて、働き手はいずれの道も封じられ、訴えることさえできなくなりかねない。

■訴訟へのハードルが高くなる

 さらなる衝撃は、原告の提訴を記者会見で発表した際の発言を、高裁判決が「名誉棄損」と認定したことだ。

 「出産して復帰したら人格を否定された」という発言を、「事実でないことによる名誉棄損」とみなし、55万円の賠償を言い渡したからだ。

 地裁判決ではこれを、「人格を否定された」と感じた、という原告の感想や見解と判断し、不問に付している。

 原告は「人格否定」と感じるからこそ、訴訟を起こす。その当否を判断するのが裁判所の役割だ。

 だが、高裁判決では、それらは事実ではない、と認定した上で、事実でないことを記者会見などで表明したことは名誉棄損、とさかのぼって原告の行為を批判している。

 これは危ない。私たちが「被害を受けた」と感じても、裁判所に事実と認定されてしまうかもしれないことを恐れて口にしにくくなり、訴訟へのハードルが極めて高くなってしまうからだ。

 しかも、高裁判決では、メディアがそうした発言をもとに「マタハラ」と報じ、会社に世論の批判が寄せられたりしたことを、名誉棄損の証としている。これでは、原告の思いを自由に報じたり、報道をもとに原告の提起した社会問題の解決を後押ししようとしたりする市民の活動が、逆に原告へのマイナスに逆転させられてしまう。

 世論を支えに会社の厚い壁を乗り越え、働きやすい仕組みをつくるという社会的な労働運動がこのところ注目されてきたが、これを抑え込みかねない判断だ。

■判決がマタハラを強化?

 このように、記者会見での原告発言が「名誉棄損」とされる一方で、高裁判決は、原告が録音した「俺なら、俺の稼ぎだけで食わせる覚悟で、嫁を妊娠させる」という役員の発言については、原告の質問に答えただけの「個人的な見解」と述べるにとどまった。

 職権を持った上司によるこの種の発言は、マタハラの現場でしばしば登場する「マタハラの定番発言」だ。

 一方、地裁判決ではこの発言について、「自身の家庭観に基づく個人的な見解を表明したに過ぎないといえなくもないが」としつつも、「妊娠した者とその配偶者に落ち度があると批判しているものと捉えられかねない不用意かつ不適切な発言」であり、職場復帰の交渉に臨む態度として「許容されないもの」と、明確に批判している。

 また、高裁判決では正社員の月収48万円は、一定の残業時間をあらかじめ織り込んだ「固定残業代」を含み、契約社員と時給では変わらないとしている。

 残業とは本来、臨時的な仕事量の増加に対応するもののはずだ。残業を引き受けなければ安定雇用を確保できないこうした仕組み自体が「マタハラ的賃金システム」と言えそうだが、その在り方も問われていない。

 育介法とは、子の養育を容易にするため所定労働時間等に関し事業主が講ずべき措置を定めるなどしたものだ(同法1条)。にもかかわらず、「他の正社員と同じ前提で働けることが条件」などとして正社員復帰を拒み続けた会社の姿勢を高裁判決は支持し、判決がマタハラを強化しかねない形となった。

 契約社員への転換を通じたマタハラ規制の空洞化、録音や記者会見という手立ての封じ込めが「日本の常識」になれば、「ハラスメント規制法」は横腹から穴が空く。これでは働きやすい職場は生まれず、2019年に過去最低にまで落ち込んだ出生数の低下も止まらない。

 最高裁の判断が注目される。

竹信 三恵子

 

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