第73回 書評? 中野麻美著『労働ダンピング――雇用の多様化の果てに』

今回からしばらく森岡が『週刊エコノミスト』誌に掲載してきた労働経済書の書評を同誌編集部の許しを得て転載します。

『週刊エコノミスト』 2006年11月 21日号掲載

中野麻美(NPO派遣労働ネットワーク理事長)著

『労働ダンピング――雇用の多様化の果てに』岩波新書、819円

商品化され、買い叩かれる労働の現実を告発
 
労働の買い叩きと投げ売りが凄まじい勢いで働き手を襲っている。「無料お試しキャンペーン実施中! 1週間無料、1カ月35%オフ、3カ月13%オフ」。派遣の売り込みにこうした宣伝が登場するまでになった現状を「労働ダンピング」として告発しているのが本書である。

著者は、NPO「派遣労働ネットワーク」の代表として、パート、派遣、請負、委託などの雇用形態の多様化の果てに、ダンピング攻勢にさらされ、液状化してきた雇用の現場を見てきた。取り上げている実態や訴えの多くは、各種の労働相談のホットラインに寄せられた生の声から拾われている。それだけにインパクトが強く、重みがある。

労働の商品化とダンピングは、1986年に労働者派遣法が施行され、職業安定法で禁止されてきた労働者供給事業が16業務に限って合法化された時から広がり始めた。今では製造現場への派遣を含め、ほとんど全面的に解禁されるに至っている。その結果、労働者の賃金や労働条件は、派遣先と派遣元の「商取引」に委ねられるようになった。当初は「やりたい仕事ができる」「残業がない」と言われた派遣も、今では、残業をしなければ仕事はない、残業をしても残業代を請求できない職場が増えている。雇用期間は最初は1年だったが、半年、3カ月、果ては1カ月に変更され、最後は解雇という例もある。正社員と同じ仕事をしていて賃金は3分の1、それさえ年々引き下げられているという訴えもある。

パート・派遣などの非正規による常用代替が進むなかで、正社員の側でも「値崩れ」が始まっている。労働相談には、「あなたの賃金の半分で働いてもらえる派遣がある」と言われて、正社員が退職や移籍を促されたといった苦情も寄せられる。

自治体でも国でも、正職員や臨時職員を派遣や委託に切り替える動きが強まっている。最も安価な料金を提示した業者と契約する競争入札制度が適用されることで、派遣料金や委託料金は急激な値崩れをきたし、最低賃金法や労働基準法さえ順守できない事態が生じている。

労働ダンピングのなかで広がる正規と非正規の処遇格差の拡大は、女性においてより深刻である。それゆえに著者は言う。家族的責任を女性に負担させ、男性は過労死するほど働くという労働スタイルを変えないかぎり、女性の低賃金と男性の長時間労働はなくならない、と。

労働の商品化を食い止め、人間らしい労働と生活を実現するためにぜひ一読を薦めたい。

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