第326回 書評 松尾匡『この経済政策が民主主義を救う――安倍政権に勝てる対案』

エコノミスト 2016年5月10日号

松尾匡『この経済政策が民主主義を救う――安倍政権に勝てる対案』大月書店、1,600円+税

野党がとるべき経済政策 「大胆な反緊縮」を説く

本書は経済学者にしてはめずらしく多産な著者の労作のなかでも、とりわけ理論とデータの裏付けがしっかりしている。そして、なにより経済から政治を論じている点が刺激的で面白い。

安倍首相の野望は、改憲を成し遂げ、戦後民主主義に替わる新しい体制を樹立することである。そのために綿密なシナリオのもとに、あらゆる手段を動員して経済の成功を演出し、この夏の参議院(ことによれば衆参ダブル)選挙に圧勝することに政治生命を掛けている。

他方、人びとは長年にわたり不況とデフレに苦しんできた。「飽食日本」と言われたのは昔の話。現代日本に広がっているのは古典的な窮乏化である。それだけに選挙では有権者は景気や雇用に強い関心を持っている。もし野党が争点を政治に絞って、経済を疎かにするなら、安倍政権と自民党の思う壺である。

では野党はどんな経済政策を掲げるべきか。左派・リベラル派の野党は「安倍さんよりもっと好況を実現します」というスローガンを打ち出すべきである。そのためには、日銀の緩和マネーを旧来型の公共事業ではなく、福祉・医療・教育・子育て支援につぎこんで、総需要を拡大するしかない。民主党のかつての「事業仕分け」のような緊縮政策ではなく、大胆な反緊縮政策こそが、経済を救い民主主義を救う。

そのお手本は、躍進する欧米左派の経済政策である。スウェーデンの社会民主党、ギリシャの急進左翼連合、スペインの新興左翼政党、欧州左翼党、イギリス労働党の新党首コービン、アメリカ大統領民主党予備選挙で注目を浴びるサンダースは、いずれも中央銀行の量的緩和政策と公共投資による雇用創出が、左翼の経済政策の世界標準であることを示している。ノーベル経済学賞のクルーグマンやスティグリッツ、さらには『21世紀の資本』のピケティもこの世界標準の支持者である。

本書は金融を緩和し、政府支出を拡大して、経済をインフレにする政策を唱えている点で、ケインズ主義に立っている。また、その一点におい、「アベノミクス」の金融・財政政策に理解を示している。しかし、安倍政権が新自由主義にしがみついて進める雇用の規制緩和や福祉削減には断固反対である。消費税率の引き上げや法人税率の引き下げにも、もちろん反対である。

安倍政権に勝つための経済政策を説いた本書は、政権交代可能な野党共闘が広がっている今こそ読まれるべき一冊である。

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