2008/ 07/ 08週刊エコノミスト掲載
湯浅 誠(反貧困ネットワーク事務局長)著
『反貧困――「すべり台社会」からの脱出』(岩波新書、777円)
「5重の排除」を受ける
貧困の現実と向き合うために
本書を読んで、小渕内閣の「日本経済再生への戦略」を思い出した。それは従来の日本を「行きすぎた平等社会」ととらえ、「個々人の自己責任と自助努力」をベースとしたアメリカ型の「競争社会」に転換することを求めていた。小泉内閣もこの路線を突進し、今では日本は転んだら最後どん底の貧困に落ちる「すべり台社会」になってしまった。
第1部「貧困問題の現場から」は、まじめに働き続けながら、貧困から抜け出せずに、ネットカフェ暮らしも経験したある夫婦の過去を語り、「貧困は自己責任なのか?」と問いかけるところから始まる。
今の日本は、まともならあるはずの、(1)雇用、(2)社会保険、(3)公的扶助という3層のセーフティーネットにほころびが生じ、大きな穴が開いている。
非正規雇用者が急増し、年収200万円以下が1000万人もいる。企業の雇用保険や健康保険がなく、国民健康保険料も払えない人が増えている。
よく生活保護の不正受給が問題にされるが、その件数は2006年度で1万4669件であった。他方、受給資格があって漏れている人は、なんと600万〜850万人を数える。
著者によれば、すべり台から落ちた人々は5重の排除――(1)教育課程、(2)企業福祉、(3)家族福祉、(4)公的福祉、(5)自分自身、からの何らかの排除――を被っている。自分自身からの排除は、「生きていても、いいことは一つもない」という心理状態から、しばしば自殺にいきつく。
貧困とは労働と生活に襲いかかる困難を和らげる“溜め”がない状態をも意味する。当座のお金がない。頼れる家族・親族・友人がいない。身元引受人や連帯保証人を引き受けてくれる人がいない。結局、“溜め”がなければ立ち直ることも難しい。
第2部「『反貧困』の現場から」では、「自立生活サポートセンター・もやい」と「反貧困ネットワーク」の活動が紹介され、視野を労働組合にまで広げ、セーフティーネットを修繕して、すべり台に歯止めを設け、“溜め”を増やす取り組みが語られる。
これは政治の責任であるが、一人一人に寄り添って、貧困からの自立を支援する活動なしには、政治的解決を迫ることもできない。行間からはそういうメッセージが聞こえてくる。
本書の視点は徹底して現場にあるが、「貧困ビジネス」という概念をはじめ、貧困研究の蓄積を踏まえた理論的問題提起も少なくない。その点も含め、実に触発的な労作である。