週刊エコノミスト 2009年9月29日号
スティーブン・グリーンハウス『大搾取!』(曽田和子訳、文藝春秋)
2095円+税
アメリカの職場は酷いことになっている。レイオフが繰り返され、締めつけが強まり、恐怖による支配が広がり、まるで19世紀に戻ったようだ。これが本書を読んでの第一印象である。
著者はニューヨークタイムズの記者として、地を這うような取材を重ねてこの戦慄のドキュメントを書いた。
流通最大手のウォルマートに勤めるマイク・ミシェルは優秀な警備係だった。彼は仕事のうえの思わぬ事故で膝を痛め、上司に申し出ると首になった。
テキサス州の家電量販店のラジオシャック本店では、400人の労働者にEメールで解雇が通告された。ノースウェスト航空が解雇した社員に送った節約の勧めには「気に入った物があったら勇気を出してごみ箱から拾いましょう」とあった。
福利厚生の悪化も目を覆うものがある。かつては従業員の8割以上が確定給付型の年金制度に入っていたが、今では3人に1人になった。かつては2人に1人が失業保険の給付を受けることができたが、今ではおよそ3人に1人になった。かつては民間労働者の70%が企業の提供する医療保険に入っていたが、今では55%に減っている。
これは企業が従業員の生活を多少とも気遣い、賃金がある程度上昇した時代が終わり、労働組合が力をなくし、「お前の代わりはいくらでもいる」と怒鳴られて、恐怖に怯えながら働く時代がやってきたからである。
この転換をもたらしたのはグローバリゼーションと投資家資本主義の下での雇用の破壊である。その結果が派遣や契約社員や個人請負などのジャストインタイム労働者の増大である。
95年にヒューレットパッカードのある工場に三週間の契約で派遣されたジェニファーは、10年後の05年にも派遣のままで働いている。
派遣はテンポラリー(臨時的)な労働という意味で「テンプワーク」と呼ばれてきた。それがいまでは言葉の矛盾ではあるが、常用派遣となり、「低賃金、福利厚生なし、保障なし、尊厳なし」の身分のまま正社員の代わりをするまでになったのである。
本書には労働組合の闘いや裁判闘争も描かれ、締めつけによらいない企業経営の成功例も示されている。しかし、徹底した低賃金経営で進出先の地元企業の労働条件を悪化させる「ウォルマート効果」に高賃金経営が打ち勝つことは容易ではない。
大部の本ではあるが、よく似た日本の現状を考えるためにも一読を薦めたい。巻末の湯浅誠氏の解説もお薦めである。