第149回 ニューヨークで聞く戦争反対の声(2001年9月12日)

前回、10年前の9.11の「ニューヨーク通信」を掲載しました。当時、ニューヨークが報復一色ではなかったことを思い起こすためにもその翌日の通信も紹介しておきます。

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9月11日のテロ事件の翌日、こちらでお世話になっている先生に会う約束があってマンハッタンに出ました。地下鉄が間引き運転で、いつもならマンハッタンの南端やブルックリンまで行く線も、途中駅が仮の終点になっていました。そこで、タクシーを拾い、まずはリンカーンセンター近くのレコード屋に行き、子どもたちから頼まれていたボブ・ディランの新曲CD(Love And Theft)などを買いました。そのあと、またタクシーを拾い、大学に向かいました。運転手は黒人の女性で、話はおのずとWTCとペンタゴンの攻撃のことになりました。

彼女が真っ先に言ったのは「敵はアメリカにいる」ということでした。私が「テロリスト・グループの中にはカナダから入った者もいると聞いた」と言っても、「それは知っている。しかし彼らはアメリカにいた」ことを強調していました。私がこわごわ「大勢罪のない人々が殺されたが、アメリカ軍も外国で同じようなことをしている」と言うと、彼女は「私もそう思う。ベトナムでも、イラクでも、パレスチナでも罪のない人たちがアメリカ軍によって殺されてきた」、「アメリカは自分で自分の敵を作っている」、というのです。アパートを出る前にメディアの調査で、9割の人が報復戦争を支持すると答えたというCNNのニュースをみてきたあとだっただけに、彼女の歯に衣を着せぬ物言いに驚きました。

14丁目のユニオン・スクエアから南は車の立ち入りが禁止されていたので、12丁目で降りて、ニュースクール大学にまで歩きました。5番街の大学の前からは、北にはエンパイア・ステート・ビル、南にはWTCのツインタワーが見えていましたが、ツインタワーのあった空間はぽっかり穴が開いて、ただ煙りだけが空を覆うようにが立ち上っていました。待ち合わせの時間まで少し間があるので、大学の辺りをぶらぶらしていると、日本語の会話が聞こえてきました。二人はどうやらこの大学の日本人学生のようです。

男子学生の言うには、ツインタワーから4ブロックの距離に住んでいて、昨日はいつものように眺めている目の前でアタックが始まった。二機目のジェット機が激突するところも見た。炎上するところも見た。高い階の窓から人々が次々に飛び降りるのも見た。倒壊して爆発したようになったので窓を閉めて閉じこもった。その後は見ていない。今日は立ち退きを命じられて友だちのところにいる。通りは自衛隊(彼はアメリカの軍隊のことをこのようにいう)に固められている。海にも自衛隊が来ている。キャナルストリート(チャイナタウンのある地区)から南には入れない。ここ(大学のあるところ)も一応歩けないことになっているが、みんな住民のような顔をして勝手に通っているのだそうです。

5時半に約束のポール・マティック(Jr)先生と会って、アメリカ式のパブのようなところに行きました。彼は私と同世代で、独占資本や恐慌についての本のある同名の父親は1930年代にドイツからアメリカに来たそうです。彼とは今回のテロアタックと、今後の政治経済について話しました。アメリカは過去には1812年〜14年の米英戦争でのイギリス軍からの攻撃と、1941年のパールハーバーへの日本軍からの攻撃以外には直接攻撃を受けたことはなかった。パールハーバーは本土ではないので、本土が攻撃されたのは米英戦争以来だ。それも信じがたいほど周到な準備と高度の技術で合衆国の心臓を突いた。その心理的衝撃は計り知れない。不況に入り始めていた経済はいっそう悪くなるだろう。軍事的強行路線が強まるだろう。それに反対する動きもあるが、いずれにしてもこれで歴史は変わった、というのが彼の見解です。

夕刻、ユニオン・スクエアに戻ると、大学でビラをもらったテロの犠牲者を悼むキャンドルライトの集いが開かれ、300人ほどの人々が手に手に蝋燭をもって集まっていました。

集会が始まるまでの間、集まった人々は、めいめい地面に広げられた大きな長い紙に、哀悼のことばや平和を祈ることばを書いていました。ある男性は私の目の前で、「われわれはバグダードで何をしたか」という意味のことを書き込みました。すると、そばでそれを見ていたもう一人の男性が「バグダードに何の関係がある。アメリカ人がアメリカで殺されたのだ。お前はアメリカ人か」と食ってかかり、突然、「こんなことを書きやがって」という感じで地面の紙を破り捨てました。

どんな人々が組織した集会かまだよく呑み込んでいなかった私は、これはたいへんなことになる、バグダード云々と書いた人は袋叩きに会うのでは、と不安になりました。しかし、それは取り越し苦労でした。「お前はアメリカ人か」と罵られた男性は黙ったままでしたが、他の人々が彼を庇うような動きにでました。一人の女性は「今日は黙祷して、平和を祈るために集まったのに」と言って突然泣き出しました。そういう雰囲気の中で、紙を破り捨てた男性のほうが、多勢に無勢と思ったのか、その場から立ち去りました。そして、どこからか静かな歌声(Amazing Grace)が広がり、騒ぎは収まりました。

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