第39回 集中講義? 08恐慌は格差拡大の構造改革で深刻化した

この集中講義の第1回では、アメリカの金融危機を発端に世界を襲っている現下の不況を、生産の落ち込みが深刻で急激であるあることから「08恐慌」と名づけました。では日本経済は、なぜこういう事態になったのでしょうか。

日銀がこのほど発表した2008年12月の「金融経済月報」は、冒頭で「わが国の景気は悪化している」として、日本経済の現況を次のように診断しています。

輸出は減少している。企業収益は減少を続けており、企業の業況感も悪化している。そうしたもとで、設備投資も減少している。個人消費は、雇用・所得環境が厳しさを増す中で、弱まっている。また、住宅投資は横ばい圏内で推移している。この間、公共投資は低調に推移している。以上のような内外需要を反映し、生産は大幅に減少している。

これは文中にもあるように、景気は、当面、厳しさを増す可能性が高く、生産は大幅な減少を続けるという見通しを述べたものです。日に日に深刻の度を加える経済情勢の悪化に照らせば、この認識ははなはだ甘いと言わざるをえませんが、2007年12月の「金融経済月報」の次のような書き出しと比べると、経済の基調に関する日銀の認識の変化は明らかです。

わが国の景気は、住宅投資の落ち込みなどから減速しているとみられるが、基調としては緩やかに拡大している。輸出や生産は増加を続けている。企業収益が総じて高水準で推移する中、設備投資も引き続き増加基調にある。また、雇用者所得が緩やかな増加を続けるもとで、個人消費は底堅く推移している。

いま明らかになっている一連の経済指標からみれば、日本経済は日銀が「緩やかに拡大している」と書いた1年前の12月あたりから、「戦後最長」と言われた2002年以降の景気回復が終わり、不況期に入る兆しを示していました。

振り返れば、日本経済は1990年のバブル崩壊の後、工業生産では本格的な回復をみないまま、のこぎり状に1993年、1998年、2002年の三つの谷を刻んできました。このサイクルからみれば、そろそろ落ち込んでおかしくない時期に、というより実際に落ち込み始めた時期にアメリカ発の恐慌に見舞われたというのが実相だと言えます。

今回の落ち込みが1990年以降の3回の落ち込みに比べて大きい最大の要因は、日銀の表現を借りれば「雇用・所得環境が厳しさを増した」ことにあります。前回も述べたように、バブル崩壊以降、大企業を中心に正社員の絞り込みが進み、非正規雇用比率は1割台から4割近くまで高まりました。「労働力調査」によれば、非正規労働者は1985年2月の655万人から、2008年1-3月の1737万人に増えています。雇用者所得は1990年代半ば以降、時期によってマイナスか横這いで、厳しく抑制されてきました。それを反映して、個人消費はスーパーの売上げでみても百貨店の売上げでみても、大きく減り続けてきました。「戦後最長の景気回復」と言われた時期にも、消費はずっと低迷したままでした。

こうした雇用・所得環境の悪化は、たんに景気循環の一局面で生じたものではありません。それは自公政権のもとで、財界の要求を受けて政府が進めてきた格差拡大の「構造改革」によって、経済社会の安定装置が破壊された結果です。その証拠はいろいろありますが、ここでは政策当局者の証言をいくつか引用しておきます。ここに語られているような格差拡大を意図したアメリカ愛デルの構造改革が成功して、生活の底支えのない格差社会になったからこそ、経済の底が抜けて、アッソウ首相のいうみぞゆうの恐慌になったということさえできます。

<小渕内閣・経済戦略会議>
従来の過度に公平や平等を重視する社会風土を「効率と公正」を基軸とした透明で納得性の高い社会に変えて行かねばならない(「日本経済再生への戦略」、1999/11)。

21世紀の日本経済が活力を取り戻すためには、過度に結果の平等を重視する日本型の社会システムを変革し、……「健全で創造的な競争社会」に再構築する必要がある(同上)

<竹中平蔵氏>
経済格差を認めるか認めないか、現実の問題としてはもう我々に選択肢は〔格差拡大しか〕ないのだと思っています(『日経ビジネス』2000/07/10)。

<宮内義彦氏>
日本の企業経営にいま求められているのは、『アメリカに向かって走れ』ということではないでしょうか(『経営論』2001年)。

私はパイが大きくなるのを止めるような平等はいけないと思う。日本の社会にとって「心地よい格差」をつくるべきだ(「朝日新聞」2006/09/13)。

<八代尚宏氏>
規制緩和で低賃金の非正社員が増えたと批判されるが、失業者や専業主婦で所得がゼロだった人に働く場が生まれたことを格差の拡大というのは、すでに雇われている立場の論理だ。タクシーの参入規制緩和で運転手の賃金が下がったというが、一方で多くの雇用を生んだことを考えて欲しい(「週刊ダイヤモンド」2006/09/02)。

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