石原新党の立ち上げや橋下維新との連携をめぐる騒動が続いています。前回はそうした動きの背景について、1990年代半ば以降、日本の政治がガタガタになり、有権者の政治不信がかつてなく強まったという事情を述べました。今回は、もうひとつの背景として、この間に日本経済がガタガタになって、人々の生活が困窮してきたという事情について書きます。
第1は雇用の解体的な非正規化が進んだことです。総務省「労働力調査」の長期時系列データによると、1997年2月から2012年1−3月までの間に正規労働者(正社員と正職員)は、およそ3800万人から3300万人に500万人も減少している一方で、非正規労働者(パート、アルバイト、派遣、契約社員、嘱託など)は1150万人から1800万人に650万人も増加しています。
その結果、非正規労働者比率は同じ期間に23.2%から35.1%に高まっています。性別にみると、男性は10.5%から19.6%へほぼ2倍に、女性41.7%から優に過半数の54.6%に増えています。これだけでもこの十数年の雇用の解体がいかにすさまじかったかが分かります。
大阪における雇用の解体はもっと深刻です。実は、「労働力調査」(詳細集計)では大阪府の非正規雇用比率は発表されていないのですが、2010年7−9月については、大阪府が独自調査を行っているために全国と大阪の数値を比較することができます。このときの非正規雇用比率は、全国が34.5%でしたが、大阪府はそれより10ポイントも高い44.5%でした。
第2は人々の所得の落ち込みが大きく進んだことです。国税庁「民間給与実態統計調査」で見ると、一年を通じて勤務した民間の給与所得者の平均給与(給料・手当+賞与)が最も高かったのは1997年、最も低かったのは2009年でした。この間に平均給与は467万円から406万円に、61万円も減少しています。男性に限ると577万円から500万円に、77万円も下がっています。
厚労省「国民生活基礎調査」によると、世帯の平均年収(給与所得のほかに、事業所得、年金その他の社会保障給付、配当、利子、仕送りなどを含む)は、同じ期間に661万円から548万円に113万円も減っています。世帯人員が一人の場合は、平均年収は、290万円から208万円に82万円も落ち込んでいます。
前出の国税庁の統計によると、1年を通じて勤務した民間の給与所得者のうち、年間給与が200万円以下の者は、1997年には814万人(18.0%)でしたが、2009年には1100万人(24.4%)になって、286万人も増えています。今では民間の通年勤務者に限っても労働者の4人に1人は年間200万円以下の賃金しかえていないのです。
野田内閣の国家戦略会議の文書は「現代は、坂を転げ落ちて暗い将来を迎えるのか、……人口や経済において安定した社会を実現できるのかの岐路にある」と書いています。しかし、転げ落ちるのは将来の可能性ではありません。働く者の暮らしから見れば、日本経済はすでにすっかり沈没しています。このことが橋下新党や石原新党のような右合の党を勢いづかせているのです。
いまのような状況では、経済を立て直すには政治の助けが必要だということに気づいてはいても、自民党にも民主党にも期待できない以上、経済の改革のためには政治の改革を「強いリーダー」に託すしかないと考える人々が増える一方です。そんな流れが強まっているもとでは、共産党のように雇用の確保や賃金の底上げを主張しても、実現しそうにない理想論として退けられて、広く支持を得ることは困難です。学生に正規雇用の拡大や最低賃金の引き上げが必要だよと言うと「そんなことをすれば企業が困り、経済が行き詰まるんじゃないですか」という疑問が返ってきます。
湯浅誠氏が『ヒーローを待っていても世界は変わらない』(朝日新聞出版、2012年)で述べているように、社会全体に停滞感や閉塞感が広がり、仕事や生活に追われて余裕のない人が増えるにつれて、人々の間に「ズルして楽しているヤツは許せない」という感情が広がってきました。それを受けてメディアでは、正社員や公務員を「既得権益者」呼ばわりして批判する報道が目につくようになってきました。
国や地方の財政も、久しく破綻寸前の八方塞がりの状況にあります。そういうなかで有権者のあいだに、「民間の賃金が下がっているのだから、税金から給与を支払われている公務員を減らせ、公務員の賃金を下げろ」という声が広がり、現にそうなってきました。大阪府や大阪市において橋下維新を支持してきた人々は、橋下氏と彼を持ち上げるメディアに煽られて、公務員の人員削減と賃金カットを「やれやれ」とけしかけきたと言えます。実際にそうなって溜飲を下げたかもしれませんが、その結果は当人を含む働く人々全体の状態のいっそうの悪化であることに気づくにはいたっていないようにみえます。
貧すれば鈍するという諺があります。人々は、生活が苦しくなるほど思考が鈍って、日本経済を沈没させてきた張本人である経営者や政治家に立ち向かうのでなく、「強いリーダー」を押し立てて、仲間いじめに走ってきました。近年台頭してきた右合政治の潮流はその産物です。しかし、東西の暴君二人が手をつなぎ、戦争国家と貧困社会への復古を競う道に働く者の未来はありません。