安倍首相は、2月12日、「デフレ脱却に向けた経済界との意見交換会」に出席し、経済界に労働者の賃金の引上げを要請しました。これに応えて、ローソン、ソディック、ワークマン、ジェイアイエヌ、セブン&アイ・ホールディングス、ファミリーマート、ファンケル、ニトリなどの企業が正社員の年収の増額を発表しています。
「政府・企業一体の報酬引き上げ」といっても、まだ流通業界を中心とする10社余りにすぎず、財界主流の大手企業に追随する動きはありません。引き上げはほとんど正社員に限られおり、セブン&アイ・ホールディングスの場合でいえば、セブン−イレブン・ジャパンやイトーヨーカ堂などグループ主要54社の社員約5万4000人を対象にベアを行うというもので、パートなどの非正規労働者約8万5000人は対象となっていません。ローソンにいたっては、賃上げは3300人の正社員だけで、18万5000人の非正規労働者は対象になっていないと言われています。
こうした制約があるとはいえ、政府が賃上げを要請し、一部の企業が呼応するという今回の動きは、連合をバックとする民主党政権の時代には見られなかっただけに注目されています。こうした動きを伝える報道に接すると、大企業の労働組合の面目はどうなるのだろうと思わずにはおられません。
2月23日の朝日によれば、麻生太郎副総理兼財務相は、22日の閣議後の記者会見で、「労働分配率を上げろというのは、連合の仕事なんじゃないの」、「組合との賃上げ闘争にかかわってきた立場から言わせてもらえば、いまこれだけ(企業の)内部留保が厚くなったのだから、労働分配率を上げろというのは連合の仕事じゃないの」と述べ、「自民党が賃上げを交渉して、票は(労組を基盤とする)民主党。おかしいんじゃないの」と皮肉ったとのことです。
この記事にもあるように、連合は今年のシュントウでわずか1%の賃上げを求めているにすぎません。自動車や電機の大手労組のように、一時金のわずかの引き上げは求めても、賃上げ要求を見送っているところもあります。 3月7日の朝日によれば、麻生財務相が連合の要求姿勢を消極的だと皮肉ったことに対して、「コメントする気はさらさらない」として、「不快感」を示したようです。これでは「面目まるつぶれ」といわれてもいたしかたありません。
実は労働組合が要求すべきことを政府に言われた事例はずっと以前にもありました。ちょうど総評が解体されて連合がスタートした1980年代末のことです。折しも、日本経済はバブルによる金融と生産の過熱で残業が大幅に増え過労死の多発が問題になっていました。皮肉なことに、当時、大企業の労働組合が時短闘争の課題を正面に掲げていないなかで、たとえうわべだけにせよ「年間1800労働時間」の実現を打ち出して、時短を声高に言い始めたのは政府でした。
話は飛びますが、すでにそのときから連合は労働組合の最大の武器であるストライキ権をほとんど行使できなくなっていました。いまではそれも行き着いた感があります。厚生労働省の「労働争議統計調査」によれば、半日以上の年間スト件数は、第一次オイルショックで日本経済が急激なインフレのなかで戦後最初のマイナス成長に陥った1974年には5197件もありました。しかし、連合がスタートした1980年代末には500件を下回り、2003年から2009年には50件前後に減り、2011年は28件に落ちているのです。ストの減り方は大企業ほど大きいことも知られています。
こうした労働組合の弱体化・無力化を皮肉なかたちで照らし出したのが、今回の政府の人気取り的な賃上げ要請であるとも言えます。政府の賃上げ要請は、たとえ乱暴なインフレ政策と抱き合わせであっても、よいことです。願わくば非正規労働者の賃金の底上げにも力を入れてほしいと思います。また、賃上げの要求と期待が渦巻くなか、労働組合には本来の役割を果たすべく、大きな声を上げてほしいものです。