第249回 毎日新聞に過労死に関する拙著の書評が出ました

 1月26日(日)、毎日新聞の書評欄に中村達也氏による拙著『過労死は何を告発しているか――現代日本の企業と労働』(岩波現代文庫、2013年8月)の書評が載りました。旧著の再刊であることが多い現代文庫が長文の書評で取り上げられることはあまりないと聞きます。また、刊行後5か月になる本が新刊本として書評されることもめずらしいことです。

 それよりうれしいのは、評者が拙著をよく読み込んで的確な紹介と過分の評価をしてくださっていることです。今週は何かと立て込んで、時事テーマでこの連続エッセイを書き下ろす時間が取れそうにありません。その埋め合わせをかねて、やや長文になりますが、ここに全文を引用させていただきます。

今週の本棚: 中村達也・評 =森岡孝二・著  (岩波現代文庫・1302円)

 ◇隠された三六協定、サービス残業の実態に迫る

 「24時間戦えますか」。ご記憶の方も多いであろう。あるドリンク剤のテレビ・コマーシャルである。これが流れたのが1988年。実はこの年は、過労死元年として関心を集めた年でもあった。大阪過労死問題連絡会が「過労死シンポジウム」を開催し、「過労死110番」と銘打って過労死の補償と予防に関する電話相談を受けつけたのである。それからすでに四半世紀が過ぎたが、過労死は依然として後を絶たない。それどころか、この数年、過労死認定の申請件数が増え続けているという。本書は、長年、過労死問題に取り組んできた著者による、渾身(こんしん)の一冊である。

 1987年、労働基準法が改定された。それまで1日8時間・週48時間を限度とする労働から、「1週間について40時間、1日について8時間を超えて労働させてはいけない」こととなった(第32条)。もしも労働時間がこの範囲内に納まり、さらに週休2日、年次有給休暇20日、国民の祝日15日がすべて取得されるとすれば、年間労働日数は226日、年間労働時間は1808時間以内となるはずである。おそらくは、過労死や過労自殺を生みだすようなことにはならなかったかもしれない。

 ところが、同じ労働基準法の第36条では、労使が書面による協定を結んで労働基準監督署に届け出れば、時間外でも休日でも労働させることができるとされている。いわゆる36(さぶろく)協定(時間外労働協定)である。この協定のあるがゆえに、労働時間は第32条の規定にもかかわらず、事実上、上限なしに引き延ばされてきた。「24時間戦えますか」が流されていたのも、むべなるかなというわけである。

 本書には、いくつかの企業の36協定が紹介されている。それによると、時間外労働として1日15時間の延長が可能な企業、1ケ月160時間の延長が可能な企業、3ケ月で400時間の延長が可能な企業、一年で1600時間の延長が可能な企業等の実例が示されている。いずれも、日本を代表する名だたる企業であるのに驚かされる。実は、こうした実態が明らかになったのは、2003年、大阪地方裁判所に対してなされた、36協定の情報公開訴訟が認められて以降のことである。本書の見所の一つである。

 長時間労働に関わるもうひとつの問題として、賃金不払残業(サービス残業)がある。時間外労働をしておりながら残業代が支払われない労働である。違法であるからして、もちろんその実態を示す公式の統計はない。著者は、サービス残業の実態を探るべく、さまざまな試みを重ねてきた。そのうちの興味深い一例を紹介しよう。著者の試算によれば、2012年の日本におけるサービス残業時間は、全体で108億7004万時間にも達している。もしもこのサービス残業を廃止し、その分を新規の雇用でまかなうとすれば、およそ535万人分の雇用を生み出すことができるというのである。過労死対策と失業対策にとって意味のある提案である。

 アベノミクスの第3の矢である「民間投資を喚起する成長戦略」は、その一環として解雇規制の緩和など、雇用の流動化をめぐって論議が進められているようだ。働き方の多様化という名の下で、長時間労働も一つのありうべき形として議論されているらしい。労働(力)が商品として市場に組み込まれているのが資本主義経済というものではあるが、それは一般の商品とは異なり、生身の人間から切り離すことができない。だからして、それなりの規制が必要なのはむしろ当然。著者の熱い想(おも)いが伝わってくる一冊である。

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