第325回 書評 朝日新聞経済部『ルポ 老人地獄』

エコノミスト 2016年3月1日号

朝日新聞経済部『ルポ 老人地獄』文春新書、780円+税

ミニ施設急増、職員疲弊…悪化する老人介護の現場
 
現在、日本の65歳以上の高齢者人口は約3400万人。80歳以上に限っても1000万人を数える。世界でトップクラスの長寿国として知られていながら、老後に待ち受ける介護の現場は、トップクラスどころか、本書に描かれているように、「それでも長生きしたいですか?」と問いたくなるような状況にある。

開くと、高齢の男女10人がある民家の同じ部屋で雑魚寝になっている光景が出てくる。そこは送迎バスで通い、レクレーションや体操のほか、食事や入浴などの生活支援を受ける通常のデイサービスを営んでいるだけではない。利用者の多くが夜も同じ民家に寝泊まりする「お泊まりデイ」も併設している。

厚生労働省によれば、過去7年間に通常のデイサービスが約5千ヵ所増えたのに、利用定員10人以下が建前の小規模事業所はその倍以上に増えた。業界最大手の「日本介護福祉グループ」がフランチャイズ展開するお泊まりデイの「茶屋本舗」は、全国800ヵ所にのぼる。
このように小規模事業所が急増し、お泊まりデイが人気を集めているのは、公的な介護施設である特別養護老人ホーム(特養)がなかなか入れないうえに、民間の有料老人ホームの利用料や介護費が高いからである。厚生労働省が小規模事業所を優遇してきたこともお泊まりデイの増加の一因になっている。

今では介護はサービス産業である。特養を運営する社会福祉法人のなかには「老人ビジネス」から甘い汁を吸おうとする事業者もいる。理事長のポストが売買された例や、理事長が新たな介護施設をつくるために市議会議員を買収して、議会の4分の3が逮捕された例さえある。

その一方、介護の現場では、低い介護報酬の下でのコスト削減と人手不足で、まともな福祉施設においても、介護職員の疲弊が進んでいる。関西の社会福祉法人に勤める女性職員は、月に7、8回の夜勤をしても月給は20万円ほどにしかならない。仕事がきつく賃金が低いので、退職増と採用難の悪循環が止まらない。

その結果深刻化する人手不足は、サービスの低下を招くだけではない。部屋が空いても、あるいは施設が増えても、入居者を受け入れられない事態さえ生んでいる。

読み終えて本書が経済部の記者によって書かれたことに納得した。介護事業も介護保険も年金も、アベノミクスで置き去りにされてきた経済問題にほかならないからである。

悲しい老後崩壊本ブームのなかで見逃せないルポである。

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