第296回 小著『雇用身分社会』(岩波新書)が出版されました。

子どものころ、農業をしていたわたしの家では、春になると苗床を作っていました。畳より少し大きな囲いを組んで、そのなかに普通の畑土と混ぜて腐葉土を入れます。それにスイカや、トマト、ナスビなどの野菜の種を撒いて苗を育てるのです。

今度の新書では、本欄の働き方連続エッセイが苗床の役割を果たしました。2008年5月18日の第1回目には、<これから何回になるかわかりませんが、連続講座「働き方を考える」を始めようと思います。第1回目のテーマは「働き方はライフスタイル」としました>と書いています。 脱線もいくらかありますが、その後もほとんどは直接、間接に働き方、言い換えれば雇用と労働をテーマにしています。その意味でこの連続エッセイは、今度の新書を育んだ苗床になっているといえます。

それだけではありません。本書のアイデアやテーマを野菜の苗に例えれば、苗そのものも、この連続エッセイから芽生えました。本書の序章は、連続エッセイの第253回(2014年3月26日)に書いた「ネット上で派遣の社員食堂利用禁止をめぐって大討論」を紹介するところから始まっています。これを書いていて、派遣にかぎらず、今日の非正規雇用をめぐる格差や差別は、雇用形態の違いが雇用身分の違いになっていることを問題にしなければ十分に説明できないという考えが強まり、この新書の構想を思い立ちました。

産直の農家が栽培した野菜を消費者に届けるときに、栽培方法や品質や味についての能書きが添えられていることがあります。それを真似て、以下に本書の宣伝文句を並べておきます。

◇歴史的視野から、変化のなかの日本の労働社会の全体像を、「雇用身分制」をキーワードに概観した。

◇『職工事情』(1903年)や『女工哀史』(1925年)を使って、戦前の雇用関係と雇用身分制に遡って、現代日本の長時間労働やブラック企業問題の源流を探った。

◇雇用身分から見た派遣、パート(アルバイト)および正社員の状態とその変遷を考察し、労働条件の底が抜けて、雇用が大きく壊れてきたことを明らかにした。

◇雇用の身分化と軌を一にして、労働所得の階層化が拡大し、高所得層の縮小、中所得層の没落、低所得層の貧困化がすすんだことを実証した。

◇「雇用形態の多様化」の名のもとに雇用の身分化を推し進め、社会保障を切り詰め、貧困問題の改善を怠り、「官製ワーキングプア」を生んできた政府の責任を問題にした。

◇まともな雇用を実現することによって雇用身分社会から抜け出すための、最低賃金の引き上げ、労働者派遣制度の見直し、性別賃金格差の引き上げなどの方途を示した。

目次は、岩波書店ホームページ、新書コーナーの「新刊の紹介」からご覧ください。
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn1510/sin_k853.html

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