中沢彰吾『中高年ブラック派遣――人材派遣業界の闇』講談社現代新書、800円+税
エコノミスト 2015年6月23日号
非人間扱いの中高年派遣
潜入ルポが暴く酷使の実態
著者は1956年生まれ。毎日放送(MBS)の記者を経て著述業に転身し、この1年ほど登録型の派遣労働者として働いて本書を著した。それだけに、潜入ルポならでの具体例が満載され、描写にもリアリティがある。派遣の複雑な法制度や業界に甘い監督行政についても、著者は学者も顔負けの勉強をしている。
派遣会社は「あなたの能力、経験、職業適性を最大限に生かして働けます」と言う。だが実情はまったく違う。著者はどの派遣会社でも、スキル、経験、希望職種などはいっさい問われなかった。履歴書すら提出する必要がない。説明会で求められるのは、運転免許証などの証明書類と、預金通帳、携帯電話だけである。
派遣会社にも派遣先企業にも、それぞれ派遣のルールに詳しい「責任者」の選任が義務づけられている。しかし、著者は派遣先の職場で人事労務に通じた人物に一度も出会ったことがないという。あるときに労働法の順守を訴えたら、責任者から「二時間倉庫に押し込めて、ずっと立たせとくからな」と脅された。
酷い扱いをされた例を挙げれば、派遣はエレベータに乗れなかったり、派遣先食堂を使わせてもらえなかったり、ノロウイルスで下痢気味なのに出勤を強要されたりしたこともある。医学分野の大規模学会の派遣では、1時間待機させられて用済みになり、1500円の日給?で1日を棒に振ったこともある。
派遣労働者は人材派遣会社にも文句を言えない。就業規則には、「当社の業務、運営に支障をきたす恐れのある方は、担当者の判断でその日の仕事から外れていただく」「予約した仕事のキャンセルはできません」「遅刻、欠勤、早退は認められません」「欠勤は理由の如何を問わず5000円を罰金として天引きします」「賃金の額、就業条件等について、派遣先で他の労働者と会話してはいけません」「交通費はお支払いできません」などと書かれている。
戦前の人貸し業が戦後の職業安定法で禁止されたのは、それがピンハネ、脅迫、監禁の温床になったからである。労働者派遣制度の規制緩和は、戦前型の酷使とピンハネを復活させただけではない。現代の派遣労働では、人生の先輩である中高年を社会経験に乏しい若者が「監督」し「酷使」する。それでも派遣労働者は従順で反抗しない。
現在、国会で審議中の派遣法改定案は、本書の帯にいう「奴隷労働の現場」を拡大する恐れがある。それだけに、人材派遣業界の闇を暴いた本書をぜひ読んでいただきたい。
なかざわ・しょうご 1956年生まれ。東京大学卒業後、80年毎日放送(MS)に入社し、アナウンサー、記者として勤務。2006年、身内の介護のために退社し、著述業に転身。著書に小説『全壊判定』などがある。