第309回 「一億総活躍プラン」批判(その1) 勤務間インターバル規制

過労死防止大阪センターの先日の幹事会で、安倍内閣の「一億総活躍プラン」(以下、一億プラン)のなかの「勤務間インターバル」が話題になりました。

安倍政権が参院選の看板政策として打ち出した「一億総活躍プラン」は何でもありの「総花プラン」です。また、法制度的実効性を欠いている点でも、財源の裏付けがない点でも「絵に描いた餅」の域をでません。そのことについては次回以降に述べることにして、今回は、プランのいう「勤務間インターバル」がどういうものか見てみましょう。

本年5月18日に「一億総活躍国民会議」に提出された「ニッポン一億総活躍プラン(案)」は、「長時間労働是正や勤務間インターバルの自発的導入を促進するため、専門的な知識やノウハウを活用した助言・指導、こうした制度を積極的に導入しようとする企業に対する新たな支援策を展開する」と言っています。これは労働基準法について「労使で合意すれば上限なく時間外労働が認められる、いわゆる36(サブロク)協定における時間外労働規制の在り方について、再検討を開始する」と言っていることと合わせて注目されます。

この二つは過労死防止大綱を策定する「協議会」でも議論されたことです。政府が「勤務間インターバル制度の導入」と「36協定における時間外労働(残業)の限度時間の見直し」に踏み込むとすれば、これまでの規制緩和一辺倒の労働行政を規制強化の方向に大転換するものと評価できますが、残念ながら手放しで肯定できないのが安倍内閣の働き方改革です。

注意すべきは「勤務間インターバールの自発的導入」という表現をしていて、「勤務間インターバル制度の導入」とは言っていないことです。これがまともな制度と言えるには少なくとも以下の6つの要件が必要です。

?前日の勤務の終了から翌日の勤務の開始まで最低必要休息時間が確保されること。
?全労働者に適用される一般法として定められること。
?法的強制力のある規制であること。
?労働時間が適正に把握されていること。
?定時勤務が原則で、残業は臨時的・例外的な超過勤務に限られること
?1日ないし1週間の最長労働時間規制と一体で適用されること。

一億プランのインターバルはこれらの要件のいずれをも欠いています。政府が言い始めたインターバルは、厳格には「制度」ではありません。せいぜい労働時間の決定を「労使自治に委ね」、勤務間隔を労使協定で定めた企業には奨励策を講ずるというものです。これには規制力はありません。労働時間の適正把握の義務化も、全労働者への適用の義務化もありません。

最近ではよく知られているように、EU(ヨーロッパ連合)加盟国は、法的強制力をもつ労働指令で、勤務間インターバル規制を定め、「24時間につき最低連続11時間の休息時間」を義務化しています。たとえば定時が9時〜5時のとき、残業で例外的に午後11まで働いたとすると、11時間のインターバルをはさんで、翌日は午前10時までは就業させてはなりません。そのために賃金がカットされることはありません。

最低11時間の休息が確保されなければならないという規定は、最低休息時間は食事・入浴・排泄・身繕い・睡眠などの最低生活必需時間に制約されているという知見をもとにしています。新聞を読む、テレビを観る、ネットを利用するなどの精神的欲求を充足するために最低限必要な時間をも考慮すると、11時間の休息では睡眠時間が6時間を下回ることもあるかもしれません。それでも日本のように深夜帰宅・早朝出勤が連日続くということは、EUではよほどの例外でないかぎりあり得ないことです。

ところで厚労省(みずほ情報総研)の「過労死等に関する実態把握のための社会面の調査研究事業報告」に「勤務間インターバル制度導入状況」の調査結果が出ています。この調査の質問では「勤務間インターバル制度」をEUの例で説明しています。

しかし、この調査における「勤務間インターバル制度」という表現は不適切です。企業福祉的な福利厚生では社内だけに通用する取り決めも「制度」という場合がありますが、ふつう社会政策では法的仕組みをもって制度といいます。法定労働時間やホワイトカラー・エグゼンプションなどの労働時間制度も、法的仕組みとしての制度です。その意味からいうと先の調査における「勤務間インターバル制度」は紛らわしい表現です。質問は正確には「勤務間インターバルの確保に関する労使協定」というべきでしょう。

先の情報総研の報告書によれば「勤務間インターバル」を自主的に導入している企業の割合は1743社中2.2%(38社)でした。導入企業のうちの間隔時間は、「7 時間超8 時間以下」が28.2%で最も多く、次いで「12 時間超」15.4%、「11 時間超12 時間以下」が12.8%ででした。5時間以下も7.7%あります。5時間以下で睡眠時間をどう確保せよというのでしょうか? なお「勤務間インターバル」を導入していない場合の今後の導入意向については、「導入する予定である」はわずか0.4%にとどまっています。

労使協定でも勤務間インターバル規制の導入は、労働組合に規制力があり、かつEUの労働指令並みの休息時間が確保されるならば、前進的な取り決めとして評価できます。組合サイドの「勤務間インターバールの導入」運動もそういう立場から進められるべきでしょう。その場合も立法措置を含む制度化の要求を掲げることが肝要です。

次回以降では必ずしも毎回ということではりませんが、一億プランの主要項目を見ていきます。36協定の見直しもそこで取り上げる予定です。

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